60.その声に誓う、どこまでも翔る、このツバサ
「ガァアアアアアアアアア!!??」
初めて、魔物の声を、苦痛の呻きを聞いた。
だが、危機はまだ終わっていない。自由落下を続ける、母娘を助けなければ、何の意味も無い。
手には、『姫桜』、先ほどの一撃の代償か、空中で体勢を大きく崩した。
木を切ってクッションにするか。
いっそ落下点を斬れば少しでも衝撃を和らげられるか。
視界にチラリと写る桜色はなんだ?
思考は止まらない。考えろ、打開案を、現状を改善出来る案を……止まるな!諦めるな!
手札はなんだ、何が切れる!?
その時、白い風が吹き抜けた。
それは、物理法則にさえもNOを叩き付ける、最高にワガママな切り札。
ナデシコが空を翔る。ツバサを広げて。
「行けええええええええ!ナデシコォオオオ!!!」
その背に、声を投げる。思いを託すように。
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少女は、ナデシコは、幼い頃から、追いかけっこが好きだった。
それは、ナデシコに孤独を教えるものにもなったが、いつまでも付いてきてくれる存在が、ヤマトがその遊びの楽しさを思い出させてくれた。
ナデシコはそんなある時、不意に気付いた。
捕まった瞬間が一番、嬉しく、楽しいことに。
それからは、自分から捕まりにいった。
「もう…これじゃ、おいかけっこにならないよ?」
ヤマトは呆れながら、ナデシコを抱き留める。ツッコミが増えて行ったのは、この頃だった。
ヤマトの腕の中の心地よさに、ナデシコは胸が一杯だった。
その頃に交わした『ある約束』も、ナデシコを幸せにしてくれた。
その背に感じるものが、隣に感じるものになり、隣で歩き、隣で走る。
手を繋ぐのが好きで、よくお願いした。
年を重ねるうちに、言い訳は増えた。それでも、一度も断られた事が無いのは、ナデシコの自慢であり、ヤマトの長所だと思っている。
からかうものは返り討ちにしているうちに、暴れん坊などと呼ばれるようになったが、小さなことだった。
一方、幼いナデシコはある不平等を感じていた。
「わたしのほうが好きすぎる!」
わがままにも願う。同じくらいの思いが欲しいと。
遊びや、おやつに誘うのも自分からな現状に、遺憾の意を示していた。
実際は、ナデシコの行動力と並外れた身体能力の賜物なのだが、そこまでの理性を持ち合わせてはいなかった。
故に、ヤマトの好きなものを聞き始めたのだ。『彼ら』に出会ったのは、その時だった。
『ヒーロー』、物語の中で人と異なる力を持ちながら、それを守る為に使う存在。
折れず、曲がらず、ひねくれず、護り、生き抜く、その生き様に憧れた。
好意の対象は、ヤマトで埋まっていたため、ひたすらに憧憬の対象だった。
力を使いこなす為の遊び、戦いごっこ。
それにのめり込んだのも、これが理由だった。
ヤマトも居たことで、それは日常となった。
思いっきり遊んだ後に、空を見る。
巨大ロボットが、巨大ヒーローが、自分を見て、頷いてくれた気がした。
迷子を助ける、困ってる人に手を貸す。
等身大のヒーローが、サムズアップをしてる光景をみた。
そんな自分が大好きで、いつも隣で自分に付き合って人助けをするヤマトも、ますます好きになった。
だから、一度、完全に心が折れた時は、自分が大嫌いになった。
そして、そこから助けてくれた、自分だけの勇者。
その勇者は、諦めず、空中へ身を投げた、その背中を見た時の気持ちをナデシコを、スローモーションになった世界で探した。
(ああ……負けたんだ、おいかけっこ…)
隣に居たその背を見る。絶望に負けず、足掻き、抗うその背中が、遠い。
何も出来ない、こんな自分は………
『ふざけんな!お前がいないと困るんだよ!俺が!』
俯きかけた、視線を上げる。全身に力が籠もる。魔力は高まり、今にもこの心臓を突き破りそう。
『格好つけるさ!お前と二人でならどこまでもな!』
地面を蹴る。追いつきたい、違う!追い抜く!助ける!手が届かないなら、手の届く所まで行けばいい!
『ずっと一緒だ』
考え無し、ノープラン、散々言われた。それは自分の長所だ!前を見れば、ヤマトが、刀を掴んでいる。
「―――桜然閃!!」
ヤマトの髪が、桜色に変わった。そして、刀を振るのが見えたと思ったら、魔物の手が落ちた。
不思議と驚きは無かった。それくらい、自分の勇者なら出来て当然。
(さあ、選択の時間よ。
1、このままヤマトがなんとかするのを、お利口なヒロインとして見ている。
2、なんともならない。現実は非情である。
3、なんとかする)
己の背に何かを感じていた。疼き、魔力の蠢動、そして、空の懐かしさ。
(1、最高ね。その他大勢ヒロインの仲間入り。チートハーレムの一員。反吐が出るわ)
魔力が形を成す。ナデシコは知らない。己の髪が白く染まり、魔力が溢れその背から決壊を迎えているのを。
(2、最悪。二人で泣いて、慰め合う?おあいにく様、そんなの私じゃない、私達じゃない!)
魔力が象るのは、ツバサ、空を切り裂き、顕現する。ナデシコの落下が止まった。
(3、これだ。これしか無い。だから、さっさと……力を寄越せ!!)
ナデシコが己の中に呼びかけた時、ツバサが空を掴んだ。
次の瞬間、まるで打ち出された弾丸の様に、落ちていく二人を目掛け、加速する身体。
その衝撃に声も出ない。それでも、
「行けええええええええ!ナデシコォオオオ!!!」
なにより心強いそのエールは、さらにツバサを加速させた。
(もう二度と、私は私を嫌わない…!私の勇者に誓って!!)
ナデシコは、空を翔る。ツバサを広げて。誓いと共に。




