59.この思いよ、届け
―――メキッ…メキメキメキ!
木々が引きちぎられるような音と地響きの共鳴を全身を震わせたのは、まだ倉庫の奥に居たときだ。
驚いているのは三人、鉱夫ドワーフの驚きが、これが常のものではないことを物語る。
「こちらに来い!ここからなら…倉庫の屋上が近い!」
「分かった!」 「うん!」
固まった俺達を動かしたのは、一番最初に正気に返った鉱夫ドワーフ。
物が乱立する倉庫、今のところ倒れる気配は無いが、余震が来ないとも限らない。
その背に続いた。
倉庫の屋上の様子を確認する余裕はない。
俺達の目に飛び込んできたものが、その余裕を奪った。
「な、何だ!!アレは!?」
最初に声を上げたのは、鉱夫ドワーフ。屋上の手すりに体重を預けたまま、一点を指し示す。
ここから1kmあるかないかのその場所、木々が折れ、地面がめくれ上がったそこに、それはあった。
「なん、なの……」
「あれが、魔物…!?」
俺達は『魔物のなりかけ』しか見たことが無い。
なのに、それを魔物と呼ぶほかなかった。
遠く離れているのに、目を引きつけられる真っ赤な目。
昨日のアーテナイの赤い光が闇を照らす太陽なら、アレは闇が固まり、それに血を垂らしたようなどす黒い赤。
その目の異様さに気を取られ、遅れて気付いた、その大きさの異常さに。
真っ黒な身体は、周辺の木々と比べて推定体高10m程、昨日の闘技場の黒竜の模型程だが、存在感が段違いだ。
全体の形状は、見覚えがある。先ほども世話になった、その地を駆けるもの。
「バカな…!あり得ない!『アースリザード』、いやあの大きさは『グレートアースリザード』!?それが、人里近くに来るなど……まして魔物になるなどあり得ない!」
体長は、電車一両よりまだ長い。アレが、走り出したら…?悪意を持って、人を襲ったら?
声を潜めるべきだろうか、魔力を最小限に抑え、どこかへ行くのを待つべきか…?
油汗を流す。動かず、不気味に辺りを見回す様に、首を振っていた黒いオオトカゲ。
その視線は、止まった。そして、不気味に口角がつり上がった。
「ふざけんな!!」
「シャーロットさん!アメリアちゃん!逃げてぇええええええ!!」
俺の怒号にも、その後のナデシコの悲鳴のような叫びにも魔物は、何の反応もしない。
その魔物は動き出した、行く先にあるのは、倉庫の入り口付近だ。
俺達も、屋上を駆けだした。入り口に向けて。
「ラケルに連絡を頼む!!俺達は行く!」
「ヤマト!!」
「分かった!」
後ろを振り返る余裕もない。返事も待たない、待つ暇もない。
一歩でも前へといくために、ナデシコの呼びかけに走りながら、手を合わせる。
俺達が今出せる、最高の切り札。魔力の同調。
伝わるのは、不安と焦り。無敵感など万能感など、得られない。全開の身体強化、一歩でも前へ。
屋上の縁へ、足を掛ける。眼下を見れば、小型車両は走り出していた。鉱山へ向けて。
思わず、安心感に顔が緩んだ。魔物の足音はまだ、聞こえてこない。
これからどうする、まずは合流か?
いや、効くか分からないが、魔物に一撃を叩き込み、時間を稼ぐべきか…。
魔物が居た方へ視線を向ける。
「居ない……!」
「…!?」
どうして居ない?居ない筈がない!
そこで思い出した、この、魔物が現れた時を、状況を……。
嫌な予感、不安を証明したのは、地面の不自然な隆起だ。
場所は、車両の、すぐ後ろ……。
―――ゴォオオオオ!!
轟音と共に、地面が爆発した。小さな車両は、木の葉のように宙を舞った。
「おかあさぁあああーん!」
「アメリアぁああああ!!」
空中に、投げ出される二人、それはお互いに手を伸ばし、最高到達点に達すると同時にその手は堅く結ばれ、落下を始める。
それだけではない、飛び上がったその魔物は、片手を振り上げ、小さな塊を叩き落とそうとしている。
絶望が、心を支配する。スローモーションの中に居るように感じる。
何かしなければならない。……間に合わないのに。
何か出来るはずだ。……間に合わない。
何か、何か、何か、何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か!
…………何も出来ない。
違う!足掻け!一秒も、一瞬も、諦めている時間はない!
「させるかァ!!」
「ヤマト!?」
屋上の縁を蹴った。空中に身体は投げ出される。届く筈が無い距離、それでも!1m、1cm、1mmでも前へ!
助けるんだ!
無意識だった、背中の『姫桜』に手が伸びた。布越しに、手が触れた。
布は弾け飛び、俺はその柄を掴み、空中で強引に引き抜く!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これは、いつか見た記憶だ。
「のう、ヤマトよ」
親しげに俺に話しかけるのは、『××』。
今は、少女の姿になっているようだ。
桜色の髪に、どこかナデシコと俺に似た顔立ち。いいとこ取りでもしたのだろうか、随分な美少女だ。
服装は、和服。これも見覚えがある、幼いときに、ナデシコが婆さんの趣味で、着させられたものだ。
黒い羽織には桜の花びら、赤い着物には桜の花。
ナデシコが好きな桜をこれでもかと使った、お気に入りの一着。
これを着ている時の、ナデシコは走り回らず、それこそお姫様のようだった。
「遠くの桜を思うとき、その思いは、桜に届くと思うかの?」
「分からないさ。でもま、届いてるんじゃないか。花相手に返事が無くても、ついつい話しかけるだろ?それが、なにもならないのは、ちょっと寂しいと思う?」
「うむ、妾もそう思う。………しかしの、桜はしっかり返事をしておろう?」
『××』は少し離れると、手の平に息を吹きかける。
そこから、複数の花びらが生まれ、俺の元に届く。俺はソレを全て掴んだ。
「いや、なんで全部取れるんじゃ!?こわっ!」
「『××』の中だと、理想通り動けるんだよ。だったらこれくらい出来るだろ?」
「出来んわい!」
そうなのか。ナデシコは、桜の時期になると手から桜がこぼれ落ちるほど、舞い散る花びらを集めているのだが…。
「ともかく、このように、桜は遠くまで届く返事をしておる。離れていても、思いは届く!ならば、我らの斬るという意志もまた、届かぬ道理なし!」
「強引だな。まとめか?まとめに入るのか?」
「煽るでないわ!全く!ヤマトは全く!……こほん……故に、桜のように届く一閃。即ち…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「―――桜然閃!!」
その一閃は、空を裂き、魔物の手を斬り落とした。




