55.まるで夢の中のような、その朝
朝、目が覚めた。
空の明るさから昨日より、早く目覚めたことを悟る。
温泉と来客用のベッドは疲れをすっかり取ってくれたようだった。
昨日は動揺の方が大きかったが、このベッドも国賓とかが使うものではなかろうか。
ホテルの一室を思わせる部屋、違和感を覚えるのは、壁に剣に斧、槍まで飾ってある。
ラケル自慢の一品なのか、装飾が丁寧だ。朝の日差しにそれらが照らされている。
それでも、美しさでは『姫桜』方に俺は軍配を上げる。
何気なく布袋から取り出し、その柄を握る。
「………おはよう、『姫桜』」
身体に緊張が走る。眠気が飛び、一気に意識が覚醒した。まるで一つのトリガーだ。
身体から力を抜く、ゆっくり呼吸をする。それを意識して二度、三度。
柄が手に馴染む。それを持つことこそが、自然体の様に感じる。
無性に素振りをしたくなったが、流石に自重。布袋にしまい、朝の身支度をした。
「流石に、緊張するな…」
さっきの緊張とは種類が違う。扉の先は、アーテナイの寝室。つまり、ナデシコが寝ている。
時刻は昨日は起きていた時刻より少し過ぎたくらいだ。ナデシコなら起きていると思ったが、見込みが違った。
軽いノックを数回。ノックのマナーもあったと思うが、忘れた。返事はない。
「ナデシコー、入るぞー」
扉を開ける。ベッドの上には、昨日のミノムシスタイルではない、ナデシコ。今は、寝息を立てている。声かけにも反応しない。ベッドに近づく。
「なぁ、そろそろ、起きた方が……」
「………うーん…」
肯定なのか、まどろみなのか分からない。顔を覗き込めば、目は閉じたままだ。つい、まつげの長さや、唇に目が行く。
俺の指が、ナデシコの髪を触れた。無意識だった。
強引に動かせば起こすかもと、自分に言い訳をしてゆっくり梳いていく。
「……ふふ…」
ナデシコはご機嫌だ。目は閉じたままなのに、唇が笑みに変わり、鼻から鼻歌の様な声が零れた。
どちらかを選択すべきだ。起こすのか、立ち去るのか。
なのに、足は言うことを聞かない。指は、ナデシコの髪の感触を覚えている。
もう一度、そう囁いたのは誤魔化しよう無いほど俺の理性以外のものだった。
「…ナデシコ、起きてるのか…?」
手を伸ばした。その手が取られた。
心臓が跳ねた。その手を取った本人は夢の中だ。
無防備な笑み、手の平の暖かさ。それを感じた。やっと理性が、戻ってきた。
その手を、丁寧に離し、足音を立てないように部屋から出た。
静かに扉を閉めた。
「……ばーか」
その声は、俺の耳には届かなかった。
「おはようさん、って、なんだい?こんなところで地面に座って…」
「ああ、おはよう。アーテナイ…ちょっとな…」
アーテナイが玄関に戻ってきた。
玄関で、地面に座って『姫桜』に体重を預けていた俺は、アーテナイを出迎えた。
「反省を少々……」
「え?アンタが?」
「どういう意味だ」
ちょっと元気出た。内心はアーテナイに感謝しておく。立ち上がり、背に『姫桜』を背負う。背筋が伸びた。
「ま、昨日のことは昨日のことさ、切り替えな」
いや、今朝の事なのだが、わざわざ言うまでもないか。
「ああ、そうするよ。…そう言えば、昨日、シャーロットさんにはなんて言ったんだ?」
「昼頃には戻る、って伝えてるよ」
「伝言、ありがとうな。……それにしても、お手伝いさんとか居ないんだな」
「ドワーフの戦士は、身支度くらい一人で出来て当たり前ってね。いつもは、親衛隊の連中と持ち回りで用意してるけど、連中は今頃、闘技場で夢の中さ。アタシは、ほら、『女神の加護』で一度寝ればスッキリ、ってわけさ」
ご覧の通り、と言わんばかりだが、服に砂や土、それにアルコールの匂いを付けている。
深夜まで飲んで、地面で一眠り、からの朝帰りってところか。
「風呂と着替え、済ませてきたらどうだ?……朝飯くらい用意させてくれ」
昨日のお礼もしたいし、なにか俺達の世界の食料でも使おうか。
「だったら、あんたらも食っていきな。厨房の食料は何でも使っていいよ。なあ、ナデシコ、二人で食っていくだろ?」
「おはよう、アーテナイ。そうさせてもらおうかしら。……ヤマトも、おはよう」
ナデシコの声は後ろからした、驚きと共に振り返れば、そこには身支度を終えたナデシコが居る。
一人反省会の時間は、思ったより長かったらしい。
「ああ、おはよう、ナデシコ」
極めて普通に挨拶出来たと思う。自己評価は90点だ。
「………こっちが流してるんだから、もっと自然にしなさいよ」
試験官の採点は厳しかった。ジト目のナデシコは若干、不機嫌だ。
そう言えば今日は髪を結んでいない。せわしなく髪を触っている。
「じれったいねぇ。いっそ、ここで一発、一昨日の夜の『アレ』でもやっとくかい?」
「「やりません!」」
アーテナイに気を遣われて、やっといつもの調子を俺達は取り戻した。




