53.それは明かされることの無いもの
「コイツはいったい、これはどんな素材なんだい……」
「やめなさい!引っ張るんじゃない!沈めるわよ!」
「……俺が後ろを向いてる間に片付けてくれよな」
現在、三人でアーテナイ宅の風呂にお邪魔している。
といっても、広さは公衆浴場並み、お湯の色は乳白色。見事なにごり湯だ。
それからもちろん、裸ではない、俺とナデシコは中学校指定水着、アーテナイは湯浴み着を来ている。
どうして、こんなことになったかと言うと…。
あの誓いの儀式の後、廊下を歩いていると、
「…へくちっ」
ナデシコがくしゃみを一つ。
冷たい果実水にオープンカー、アーテナイの走行で身体が冷えたのかもしれない。
「ウチの風呂に入ってくかい?」
「いや、いいわよ。そこまで世話なるのは悪いわよ…」
「そうだな。公衆浴場もまだやってるだろ」
「いいのかい?ウチの風呂は、源泉掛け流しだよ?」
「「お世話になります!」」
温泉大好きな身としてはとても魅力的な提案だった。
というか、この元ドワーフ王宮、現アーテナイ住居兼公共施設は、先に温泉があって、その場所に作られたそうだ。
かつての戦士達、あるいはドワーフの王族はこの温泉で戦いや鍛錬の傷を癒やしたのだろう。
寒波の季節は一般開放されるが、普段はアーテナイや親衛隊、泊まり込んだ職員で使ってるそうだ。
士気や忠誠心が高い理由の一端が分かったかもしれない。
公衆浴場は場所だったが、こちらは男女を時間別で区切ってるそうだ。
しかし、その決まりもアーテナイからすると些細なものなのだろう。
なにしろアーテナイにとっては、ここは実家の風呂だ。
俺は一緒は無理と言ったのだが、連行されて今に至る。
湯浴み着と水着は交渉の結果勝ち取ったものだ。腕力で負けたが口では勝った、と言いたい。
脱衣所も広くて助かった。
端で速攻で着替え、浴室に直行した。腰に巻くタイプのタオルには個人的MVPを送りたい。
後ろから視線を感じたが、気のせいだと思うことにした。
身体も洗い終え、今は浴槽だ。やっと冒頭に戻る。
「悪かったって、ちょいと気になったもんだからさ…」
「…もういいわよ。……零れなかったし」
……零れる?なにが?
とは聞けない俺、いっそ耳も塞いでしまおうか。
「ヤマトも、こっち向きな。なんの為にこの格好になったんだい?」
「心の平和と安全の為だっての、健全な青少年舐めんな」
「あん?あんたらとっくにお互いの裸くらい見てんだろ?」
「「なわけあるか!」」
「…………嘘、だろ…!」
人をなんだと思ってやがる。
驚愕の表情アーテナイ、なんなら異世界の事を言った時より驚いてる。
「……なるほど、異世界ってのは……難しいんだね」
なんの納得だ、なんの。俺とナデシコは白い目でアーテナイを見ている。
「ま、ここまで色々聞かせて貰ったんだ。一つ、昔話でもしようかね。……ちょいと、この世界の連中には聞かせられない昔話でも…」
「それは楽しみね…」
「ま、俺達の話は散々聞いてもらったしな…」
アーテナイは浴槽で身体を伸ばした。
俺達はそれにならう。温泉の温度はちょうど良く、身体の緊張が解れた。
「アタシ、いやアタシ達、『七天将星』は厳密に言えば、黒竜を倒せちゃいないかもしれないのさ…」
それは、告解のような呟きだった。
俺達は、アーテナイの言葉を待つことにした。
「奴の攻撃を防いで、凌いで、戦い抜いたよ。
負傷兵は、前線から離れ、満足に動けてたのは7人。
お察しの通り、『七天将星』さね。
アタシ達は、当時でも最強の一角だったさ、それでも全員ボロボロ。
そして、戦いの最後、黒竜は急に崩れた。
確かにダメージの蓄積はあったろうさ。でも、随分急に見えた。
鱗に牙や骨、素材は残った。でも、核はどうしても見つからなかった。
それでも、緊張の糸が切れたたんだろうね。全員、その場で仲良く気絶。
目覚めて見るとあら不思議、傷は無くなり魔力も全快。よかった、よかった、てね」
軽い口調だった。それこそ、昔話のテンションだ。
「あり得ないって言ったのはユディットさ。
アイツが使った魔力は長年貯めたもの、寝れば確かに魔力は回復するが、
『まるで黒竜と戦う前』みたいに全快になるのはおかしいってね。
黒竜の咆吼はもう聞こえないのに、嫌な予感がしたのをよく覚えてるよ。
まだマシだった負傷兵が身体を引きずって来たのはその時さ、
そいつは涙ながらに叫んださ。
『我らの勝利だ!七人の将が、将星達が倒したんだ!』ってね。
負傷兵と遺体を連れての凱旋。
帰って来たアタシ達に告げられたのは、異常な数の魔物は各地から徐々に姿を消したこと。
功労の場には、生き残ったお偉いさん達は涙ながらに褒め称えたよ。
魔力のことも、身体のことも『女神の加護』ってことで片付けられてね。
その後、国として成り立たなくなった程に人を減らした各国は、
都市としてその伝統を受け継いで行くことになったのさ。
ドワーフ国は都市に、王国は王都に、帝国は帝都って具合にね。
人類初の大陸統一、魔力をたんまり含んだ黒竜の素材を使った復興。
復興の旗頭としての日々は、大変だけど、楽しかったさ」
500年前の事の筈だ。それでも、アーテナイは昨日のことのようにそれを語る。
「ただし、違和感は止まらなかったよ。
どんな鍛錬をしようとも、魔力が増えない。
『七天将星』には、人間が二人居るが、10年経とうが全く老けない。
不老不死なんて言い出したのは、どこの誰だったかね。
黒竜は倒した筈なのに、魔物の凶暴さは変わらない。
そして、最大の違和感、アタシ達が黒竜を討ったとされる場所、
ダンジョンでも無いのに強力魔物が出現するようになったのさ。
今じゃ立派な禁足地。この先、立ち入るべからずってね」
皮肉の入った口ぶりだった。揶揄するような。その対象は、恐らく自分自身。
「どれも、『女神の加護』、『黒竜の残滓』そんな言葉で片付けられたさ。
でもね、嫌な予感ってのは付きまとうさ。
ひょっとしたら、まだ終わっちゃいないんじゃ…、ってね。
さて、酔っ払いの長話はお終いさ。
アンタ達も、このアタシが弱音吐いてたなんて、他の誰にも言うんじゃないよ?」
後半は軽口に戻っていた。確かに、この世界の事を、アーテナイの背負った名の重みを、よく分からない俺達にだから零せた本音、いや弱音なのだろう。
アルコールも無いのに、何に酔ったというのか、しっかりした口調のアーテナイは身を起こして、顔を洗った。
その顔は、いつものアーテナイだ。
「ねぇ、アーテナイ、それにヤマト。私の話も聞いてくれる?」
俺も、ナデシコも身を起こしてる。
そして、お湯の中で、ナデシコに手を握られたのを感じた。
その手を握り返す。ナデシコは笑顔でこう言った。
「私、帰れたら、もう一度この世界に来るわ」
いまさらながら、ep.1の前書きに、プロローグ的な文章を追加しています。なろうの仕様上、割り込み投稿ができなかったもので、申し訳ありません。以降の内容・文章に変更はごさいません。
序文のみの閲覧はカクヨムにてできます。
二つのリンクを張りますのでよろしければ、ご覧ください。
EP1
https://ncode.syosetu.com/n5368lm/1/
カクヨム版序文
https://kakuyomu.jp/works/822139841568167991/episodes/822139844059568535




