52.王座誓う、砕けることなき、この約束
「よお、やってるかい?」
リニーと別れた後、最終日の計画を話していると、アーテナイがやってきた。
不届き者達の尻をしばき終えたのか、その手には槌はない。
「楽しませてもらってるわ、アーテナイ。…それにしても、意外ね。あれだけ楽しみにしてたんだから、とっくにベロベロか、飲んでるかと思ったのに、全然お酒の匂いがしない……。……アーテナイ、頬にタマネギ付いてるわよ」
アーテナイの頬には何も付いてない。
しかし、ナデシコの鋭い嗅覚は何かを掴んだのだろう。カマを掛けたのだ。
そう言えば、ラケル煮はまだ余裕があった筈なのに、いつの間にか消えていた。
すでに、酒屋のジイさんと豆屋のオバチャンの分は取り分けてあったので、別に構わなかったのだがどこに行ったのか謎だったのだ。
「おっと、どこだい?」
どうやらマヌケは見つかったようだ。アーテナイは頬を拭うが、当然なにも取れる筈がない。
「「犯人はお前だ」」
一度は言ってみたかった台詞を言うことが出来た。
「指を差すんじゃないよ。……別にいいだろ?ごちそうさん、旨かったよ」
アーテナイは悪びれもせずに答えた。
アーテナイへの料理なので俺達も怒ってはいない。むしろ、そう言ってもらえて嬉しいくらいだ。
「そう?ラケルを出発する前にもう一回、作ってあげよっか?」
「アーテナイの家って厨房あるか?」
印象では酒とおつまみばかりありそうだ。
「相変わらず気安いねぇ。ま、いいけどさ。……今晩、ちょっと付き合ってくれるかい?」
非難のような言葉だが、その声色は嬉しそうだった。そして、その後の誘い文句は、凄く男前だ。
「いいけど、どこにだ?」
「宴を途中で抜け出すなんて………まさか、喧嘩売ってる?」
「いや、その発言が喧嘩売ってるだろが。……違うさ、あんたらの願いを叶えるって誓いにね。アンタ達以上の立会人もいないだろ?」
大袈裟だと、からかおうと思ったが、アーテナイの顔を見れば、茶化せないものだと察することが出来た。俺達は、頷いた。その返答にアーテナイは満足そうに頷いた。
「「拉致だ!連れ去りだ!人さらいだー!」」
「黙ってな!舌噛むよ!」
二日連続のお荷物状態だった。物理的な意味で。
しかも今日は俺達が怪我してないからか、魔力を使った強化状態のアーテナイだ。
景色は流れる速度が、馬力が違う、朝の馬車が恋しい。
道中、誰も止めなかったのは、単純に速度の問題だろう。俺達の悲鳴もドップラってたに違いない。
ラケルに都市伝説が生まれる日も近いだろう。
「……死ぬかと思ったわ」
「今ならバンジーを笑って出来そうだぜ…」
「なに言ってんだか、ついて来な」
到着したのは、朝のアーテナイ様屋敷だ。
正面から入り、奥へ奥へと入っていく、やがて明かりが無くなり、月明かりだけの廊下になった。
案内されたのは、石で出来た玉座の間だった。
月明かりが天窓から差し込むそこは、寒々しい印象を受けるが、その印象はすぐに変わった。
「……ただいま戻りました」
そう言ったアーテナイの顔を見た、酷く懐かしそうなその横顔は、この場にあった暖かさを思い起こさせるには、十分だった。そして、返事が無いのが、とても残酷に思えた。だから、俺達は、
「「お帰りなさい、アーテナイ」」
気付いた時には、二人でアーテナイを抱きしめていた。
この英雄は、どれだけ頑張ったのだろう。想像も付かない、想像するだけで胸が痛くなる。
帰り道が分からないという前提だが、ただ二日だけで、恋しく思う場所がある。
でも、アーテナイのそれはもっと酷い、過去に帰る事など誰にも出来ないのだ。
進むしか無かった道の果てに居る。
アーテナイの隣には他の仲間も居たのだろうが、今居るのは俺達だった。
せめて、今この場で倒れない為の杖になりたい。
「……このお節介どもめ」
アーテナイが発したとは思えない程弱々しいその声は、俺達の頭の上から聞こえた。
さらに、しばらく時間が経ってから、俺達は引き離された。その顔は赤い。
「ちょっと待ってな。……あと、二人ともそのにやけ顔やめな…」
昨日のお返しだ、ざまあみろ。
アーテナイはその玉座に一礼する。
そして、その玉座の後ろから、一振りの槌を取り出した。恐らく金属製のそれは小ぶりだが、妙な存在感がある。アーテナイが握ったタイミングだった。
――カチャ
背中の『姫桜』の鯉口が一度鳴った。
共鳴の様にも感じたそれは、アーテナイが戻って来たことで話すタイミングを逃した。
「我が名はアーテナイ。ドワーフの王レキアンダーサの娘にして、ドワーフ王族最後の子」
玉座に向かい、胸に槌を掲げる様に持って堂々と宣言する。
昨日、闘技場で聞いた言葉に似ているが、言葉の重みが違う。
自然に背筋が伸びた。
「勇気ある父祖、皆に、そして我が魂に誓う。我が友ヤマト、我が友ナデシコ。その両名を故郷への帰路にいかなる協力を惜しまぬことを。この誓い、どうか見届けよ」
付与か、魔法か、アーテナイの持つ槌は、赤く光り輝く。
目を焼くような眩しさではない。でも、月光を塗りつぶしてしまうように辺りを照らす。
その赤い光りに照らされるアーテナイの横顔は、凜々しく美しかった。
俺とナデシコが、揃って見惚れていまうほどに。
我が友、そう言ってもらえた事に遅れて気付いた。
涙が溢れそうになるほど、嬉しかった。
アーテナイの光に照らされて、俺とナデシコはいつの間にか手を繋いでいた。
今宵、王座はその誓いを聞き届けた。




