51.この宴の片隅で、あるエルフとあるドワーフの話
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
闘技場の観覧席、昨日ヤマトとナデシコが通されたそこは、夜の闇に包まれている。
明かりも付けず、闘技場の喧噪を見下ろす者が二人。
「ここにいらっしゃいましたか、アーテナイ様。来客の皆様も街の人々も貴方を探していますよ?」
「後で顔を出すさ。どうせ、ドワーフ連中は朝までどんちゃん騒ぎだ。……不届き者共の成敗も終わったんで、一人で飲みに来たのさ。今日はいいアテもある」
そいういうアーテナイだが、開幕に飲み干した一杯以来、酒を飲んでいない。
審査会場から強奪した『ラケル煮』の残りを黙々と食べている。
目線の先には、ヤマトとナデシコがいる。
「………よほど、お二人を気に入られたのですね」
「…わざわざ口に出すんじゃないよ。無粋な奴だね」
アーテナイは思い出していた。
自分が『ただ』のアーテナイだった頃を、大きい身体は周りのドワーフにからかわれ、頼られ、一緒に笑ったあの日々を。父や母、共に戦った友の居たあの時代を。
ドワーフの寿命は人間の3倍ほどだ。それでも、500年の間に、友の子孫まで見送った。
街の生活は豊かになり、変わらないのは地竜の背びれ位だろう。
それでも、面影を見る。
朝起きて、井戸に足が向く、水道が出来て久しいのに。
昔よりずっといい飯を食べれば、味気ないあの味を思い出す。
酒を飲めば、もっと色んな事を思い出す。初めて父から貰った杯、魔物を打ち倒した時に交わした杯、母を見送った後に飲んだ酒。
そして、黒竜討伐に出発する前日、多くの仲間と交わした杯。
今は少しだけ、新しい思い出を刻む為、『ラケル煮』を頬張っていたかった。
「そういや、シェーヌ。アンタに一つ聞きたかったんだが……」
「なんなりと」
「あの料理対決ってのは、アタシが二人に負けた、って噂を薄める為だったのかい?」
「……仰ってる意味が分かりかねますね」
「いやさ、アンタなら来客にもっとうまく誤魔化したり、そもそも客の不満なんてちょいと黙らせるだろ?なのに、アタシや二人をわざわざ脅して勝負させるってのが違和感のある話じゃないか。……じゃあ、なんでそんなことをする必要があるのか、って考えた時にもしかしたら、ってね」
「それは、いつ?」
「アンタが通した一番の無理筋さ、『あくまで非公式の試合と言うことで、見られた方々も他言はほどほどに』だっけ?……ああ、無かった事にしたかったんだな。って思ったのはアタシだけじゃないはずさね」
「はぁ……アーテナイ様も大概、無粋な方ですね」
「何を今更、長い付き合いじゃないかい」
降参したようにため息をつくシェーヌをアーテナイは軽く流す。
「……街に貴方の敗北の噂が溢れると、アーテナイ様の機嫌が悪くなりますから」
「んなことあるかい」
「初めて閉山祭で勝負の試みをした時、人数に特に規定を設けて居なかったので町中の腕自慢が集まりましたね。全員でアーテナイ様を疲れさせ、背中を付かせ勝利。その後、酒を奢れって望みで全員に一杯奢った後、しばらく飲み屋に行くのをやめたのは誰ですか?」
「……忘れたね」
「その後1パーティに限定してからは連戦連勝でした。しかし、冒険者パーティ最大人数の規定が4人から5人変更された翌年の閉山祭。四人をあっという間に沈めた後、背を向けたときに不意打ち、膝を突いて敗北。その願いで武器を作ることになった時、いつも嬉々として工房に向かうアーテナイ様の唇が尖って居たのを覚えています」
「……作るのに手は抜かなかったし、そんな細かいこと覚えてないね」
「その後、対戦前に一度、対戦者の顔を見ることにしましたよね?」
「……知らないね」
「…………そもそも、アーテナイ様に勝てば、願いが叶うと言われるようになったきっかけを覚えていますか?」
「……忘れたね」
まだ、人が人に優しくすることが難しかった時代、
アーテナイが『七天将星』になりたての頃に、現れた子供のエルフ。
刃を向け、『世界を救ったなら自分の父も救ってくれ』と言った子供のエルフ。
『じゃあ、勝負で勝って言うこと聞かせてみな』それを本気にした子供のエルフ。
刃を握って走ってくる子供に、その刃が届く前に『参った』と言ったアーテナイ。
病気の父を治す為、他の七天将星にも協力を要請したアーテナイ。
不治と呼ばれるその病の研究に、多額の私財を投じたアーテナイ。
その病気は『現在』、すでに不治では無い。
エルフの子供は誓ったのだ、この恩を生涯に渡って返すのだと。
アーテナイは、そのしつこさに二度目の敗北を宣言する事になる。
そして現在、子供のエルフは大人になり、片腕と呼ばれるまでなった。
「…私の父の名前を覚えていますか?」
「忘れるもんか、アイヒェ。激痛の中、息子の為にどんな治療も受けた誇り高い親父殿だ。今年も顔を出してたよ。……最終日はしっかり親孝行してきな」
「ええ、そうさせて貰います」
大人になった子供のエルフは、未だに思う。
憧れのこのドワーフこそ、自分にとっての最強である、と。
負けた噂を聞くのは嫌だった。
少々強引だった自分の手を反省し、報酬を増やしておこうと心に決めた。
「じゃ、そろそろ行くかね」
「……どちらまで?」
「アタシの『親父殿』のところさ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シェーヌの父親は、
『14.赤熱との出会い』の冒頭に台詞無しですが居ます。
↓
https://ncode.syosetu.com/n5368lm/14/




