259.番外 貴族令嬢とヤマトナデシコ 11
「お、お友達、ですの?」
少し拍子抜けしたようなゾーイさんが答える。
ヤラさんとウィローさんはまだ警戒した様子だが、話を遮るつもりはないようだ。
「そう。お友達、フレンド、ご友人…言い方様々、あり方様々ってね」
「俺達は王都から、もう少ししたら旅立つから、具体的に何かするための勧誘、って訳でもない」
「では、なぜ…?」
「理由なんてないわよ?」
「面白そうだから」
出発までは一ヶ月もない。だが期間の短さは関係ない。
「わ、ワタクシが滑稽だと、おっしゃるのですの!?」
「ん?違うけど?」
「一緒に喋って楽しかったから、俺達の知らない高等部の様子とか、な?」
コイツおもしろいな、だったら友達になろう、という理屈抜きの感情だ。
「と、言いつつ、俺の私見だと初対面での印象はそこまで良くなかった。面倒なのに絡まれた、くらいだったが…」
「これを見て意見を変えたってわけ」
「そ、それは…」
ナデシコが取り出したのは、去年の中等部最終試験のレポート、その写しだ。
なんでも、大きな試験のレポート課題は第10位までは保管しておくのだとか。図書館棟の一角に収められたそれは、学園生なら自由に閲覧可能だ。
「『領地経営と魔法技術』面白かったわ。ちょっと、思い込み激しい部分があったけど、真っ直ぐ。
人の善意の前提を肯定し、貴族として率先して取り組むべし、っていうのには、読んでて考えさせられる内容だったの」
「それに、部分的に昨年王都で流行した小説の一節を流用したりして、知識の幅を感じる内容だった。時節を盛り込んだ、去年の王都でしか書けない文章だ」
「う、うぅ…」
ゾーイさんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
調べによれば、ゾーイさんは成績トップで入学したらしい。それが最終試験では10位。王都で遊んだ、というものも居るだろう。
だが、俺達はそうは思わなかった。王都で学問もそれ以外の事もしっかり学び、それを知識の血肉に変えてきた。それは学問のみを極めるより困難で大変だ。
日々を学ぶ。
毎日の暮らしや仕事の中にある小さな出来事、人との出会い、失敗や成功から、何かを感じ取って自分の力に変えていくこと。
しかし、そこに芯がなければ、流されるばかりだ。ゾーイさんという人間の芯、それはとても眩しく見えたのだ。
という旨を話しているうちに、ゾーイさんはいよいよ顔を上げなくなってしまった。
気付けば、ヤラさんとウィローさんも椅子を両隣に寄せ、その背を撫で寄り添っている。
その表情は優しげだ。俺達への視線にも警戒の色はなくなっていた。
「あ、それからね。ヤマト、渡してあげて」
「ああ、あれな」
「ま、まだ、まだ何かありますの…」
久しぶりに顔を上げたゾーイさんは、まるで零れる直前のような潤んだ目をしていた。
俺はその場に跪き、椅子に座ったゾーイさんに一通の封筒を差し出す。今度は、指が触れても飛び退かれなかった。
「俺達の担任、ユディット先生からのレポート評価。多分、俺達より具体的な内容が書いてあるから、読んでくれ」
ゾーイさんの感情の堤防が決壊する。
それでも泣き声を上げず、次々と零れる涙は俺が差し出したハンカチに吸収され、友人達は大慌て。
未だ友人になることに了承を得ていなかった俺とナデシコは、その水分が補充出来るように、お茶の準備を行うことにしたのだった。
「ありがとうございました、お二人とも…」
「うん、私達からも」
「お礼を言わないとね」
ゾーイさんが落ち着いてからしばらくたった。今、テーブルにはお茶が5つ。俺も席に着いている。
何のお礼か、それは曖昧なままでもいい気がする。
「お友達の件、むしろこちらからもお願いしたく思いますわ」
「まぁ、オマケで私達も付いててお得よ?…ね、ウィロー」
「そうね、ヤラ。王都に居る間はよろしくね、二人とも」
「オマケなんて思ってないわよ。ヤラとウィローの話も面白かったしね」
「よろしくな、三人とも」
5人で握手を順番に交わした。同世代の友達が出来るのは久しぶりだったので、少し照れる。握手をしている間も、ゾーイは洗って返すと約束したハンカチを大切に握りしめたままだった。
それが俺の元に戻るとき、それは明日かもしれないし、遊びの約束を交わした時かもしれない。
再会と約束、それが増えることはきっと、楽しいことも増えると俺は思うのだ。
「それにしても、ゾーイの事をよく調べたわね。ヤマトは私達の領地の事まで」
「ああ、それに関しちゃ授業でちょっとな」
「授業?」
最初の発言がヤラ、次がウィロー。事前準備がなかったら、姉妹と思っていたかも知れない。
「ほら、ゾーイが招待状をヤマトに預けた日、丁度王都近郊の領地の授業だったの」
「その時に、ここ数年の経済状況から、王都近郊での天候や出来事との相関図なんかも作ってな」
「「…え?」」
ヤラとウィローが固まったが、俺達は気にせず続けた。
「例えば、地方で天候が荒れれば農作物に影響が出て、野菜の値段が上がって、ゾーイの領地の収益が上がるでしょ?」
「ヤラとウィローの領地は、数年前の大寒波で毛布とかで需要が上がった時があったけど、収益はそこまでかわらず。調べると、人足費が高騰してた、多分、被害を受けた農民にも仕事を回してたんじゃないか?」
「……お待ちになって、中等部の時点でその教育を…?」
「そうよ。ついでに学園に現在所属してる生徒に該当の領地出身者がいたら、当てはめて分かりやすくしたり」
「三人の領地は近いから覚えやすかったな」
ここまで話して、三人をみた。
「「「………」」」
見事に固まったその表情には、見覚えがあった。俺達が例の授業の後、ユディット先生に向けてたものとよく似ていたのだ。
やがて、ゾーイが大きく息を吐いた。
「はぁ……ワタクシ、今年が『若葉組』創設の年で本当によかったと思いますの……」
「「…うんうん」」
その後は、三人とも力を抜いて笑い、俺達も釣られて笑ったのだった。
まったく、王都の貴族はよくわからなくて、面倒くさい。
でも、友達にするのは決して悪くない。そう思う、俺とナデシコだった。




