248.あの日響いた愛の歌➃。その後のエルフ達。
時刻は、夜。学園に二人の女王が来訪し、生徒達が大慌ての午後の後。
場所はユディットの研究室のエマさえ知らない隠し部屋。
『それ』は安置されている。
大きな水晶玉、それは大陸に6つある緊急通信装置の送信機。
その前に座るのは、ユディット。話の途中でも、機器を調整しながら、傍らのメモのペンを走らせている。
「……以上が、この王都での彼らの日々だ。聖女殿」
それは一方通信に近い。一方的にそれに話しかければ、大陸の某所にある受信機が同じ内容を再生する。
送信機への返信は、短い単語のみ、受け取ることが出来る。
【報告、感謝、緑】
文章からは感情が読み取れない。だから、楽だと思っていたのだが、最近物足りないと思うようになった。
【緑、二人、好む、疑問】
「……ふむ、ワタシが彼らを気に入ってるか、だって。…まぁ、お察しの通りだ、よ。
…遺跡について彼らに話したことやキミに相談せず行った事の数々、事後承諾になったことは申し訳なく思う」
【問題、否定】
「……問題ない、か。…やはり何かを知っているね?」
【今年、七星、集結、話す、有】
「……分かったよ。…ワタシに隠し事をしてくれたことには多少思うところがあるけどね。……キミとの再会も楽しみにしよう」
【元気、維持、緑、紫、送る、以上】
「……ああ、そちらもお元気で。七天将星、筆頭、紫のアルジーヌ殿」
そして、機器は沈黙した。応えるものは居ない部屋でユディットは一人、水晶に映る自分を見る。
「……近頃思うよ。…ワタシの予想の不完全さをね」
異世界の存在、知識、自分の予測を超えて成長する生徒達。喜ばしいものだ。
しかし、確実に異変は起こっている。先の森林での魔物発生の異常事態、信頼出来る冒険者からの調査報告。
自然的、人為的痕跡も発見出来なかったという、その内容を改めて思い返し…
「……では、人為的痕跡を消すのも、また人の痕跡と考えられる、ね」
飛躍的な発想だろうか。しかし、鉱山都市でも動物の魔物化という異変が起こっている。
再発はないが、それはまるで…試しているような、不気味さを感じる。
何を?……魔物に対する干渉を。どうやって?なんのため?いつ?……いずれも不明。そして、誰が…?
「……いずれにしても、ヤマトくん、ナデシコくんはその両方の現地に居た、ね」
しかし、状況が、彼らの人となりが、そして何より心がそれを否定する。
「……やれやれ、ワタシが理屈抜きで信頼するとは、ね」
苦笑し、思考を止めた。そして思う、彼らの旅路を。
「……元気で、そして負けずに、この世界を楽しみたまえ。…我が生徒たちよ。
…永い時の中、瞬く時の再会を、ワタシは心待ちにしよう…あまり待たせてくれるな、よ?」
そこに理屈はなく、生徒を思う親心にも似た教師の祈りだった。そして、マイペースなワガママだった。
同時刻、『世界樹の若木』根元の一角。そこには、『霊廟』と呼ばれる場所がある。
旧王都から逃れたエルフ達の墓所にして、黒竜の被害にあった民を偲ぶ場所。
そこに訪れたのはネリー。元女王である彼女は『霊廟』の奥へ歩んで行く。そこはフルリスも知らず、ユディットにも教えていない場所であった。
「あの娘の事だから、薄々気付いているかも、ね…」
知るのは『とある事情』を知るネリー、コルネリア・ユグドラシルの側近中の側近のみ。
現女王への裏切りに等しい行為を働いてでも、元女王への忠義を貫くもの達だ。そのようなエルフが少なからず居るのは、少しだけ複雑だ。
そして、ネリーは最奥の扉を開ける。
そこには一つの寝床、そして一人の人物が横たわっている。
「こんばんは、エサルカくん。…今日はね、学園に行っていたんだよ?ヤマトくんとナデシコちゃんも通っていたユディットちゃんの学園!」
王配エサルカ。エルフの城『エサルカ城』の名付けの由来にして、ネリー唯一の恋人であり、夫。
まさにその人が、限りなく薄い寝息をあげながら、ネリーを出迎えた。
植物状態。意識を失ったまま回復しない状態を指す医学用語。
エサルカがそうなって、もう随分と時が過ぎた。それは、この世界において死に等しい。
尽くした手の数は数えきれず、それでも待つのは確実な死のみ。
事実、王配の死の公式発表さえ終わった。霊廟最奥に収められ、肉体の死を贈ることが最期の手向け。
ネリーさえ、そのことに納得した。そして、その誰にも譲れない役目を果たそうとした時、残酷な奇跡は起きた。
エサルカの肉体は『世界樹の若木』に同調し、魔力の循環を開始した。
幾日過ぎても、肉体の劣化は起こらず、食事を取って居なくても血色を保ったままだった。
そして、ネリーはその事実を子供達にすら内緒にした。
死したはずの父の肉体、意識はなく、魂の在処すら分からない。それを子供達に伝えることを、選べなかった。
そして、女王の役目、子供達への隠し事、秘密裏に呼んだ医師達から帰ってくる未来のない答え。
女王の心にヒビが入るまで、そう時間は掛からなかった。
その身が起き上がれなくなるほどの憔悴の中、このまま行けば夫と同じ所に行けるだろうか、と考えた時に、末っ子だったフルリスが病床に来た。
『お母さん、わたし、女王になります!』
涙ながらの言葉にすら反応出来なかった。現実感が出てきたのは、彼女の女王襲名の日、大衆の賛同の声を聞いたとき。
手に力が戻った。子供達に任せ、何が母か、何が女王か。かつて、助けを求めて、手を伸ばした少女のままでは居られない。それは母の矜持。心のヒビを圧着する女王のプライド。
そこから元女王は、娘でもある現女王を全力で支え、夫の状態について、かつて天才と言われた頭脳で観測と考察を繰り返した。
やがて、女王が一人前になれば、各都市を巡り、有識者の話を、各地の症例を集めた。
旅する放蕩女王はいい隠れ蓑にもなった。
加えて、心から楽しむ事も忘れない。女王の役目を負って王都を離れられない娘に、楽しい土産話をするために。
「ふふっ、そうだ!まだヤマトくんとナデシコちゃんの話は終わってなかったよね!」
異世界から来た二人。自分と夫の思い出の場所で居合わせた恋人達。王都での日々をずっと楽しくしてくれた子供達。
そして、ふたりのやり取りは、ネリーに恋人との日々を思い出させた。
もしかしたら、こちらの事情を話してでも二人を引き留め、異世界の医学医療の知識を聞かせてもらうこと。それが、もっとも正しい選択だったのかも知れない。きっと優しい二人は、協力してくれただろう。
出来なかった。異世界に来て、両親と引き裂かれた子供達に自分の重荷をさらに重ねることなど。
王都から送り出せて良かった。ネリーは心からそう思う。
「それでね。二人が王都から出発する日にね。凄く変わった歌を歌ってたんだよ?」
それは異世界の歌。別れを明るく彩った歌。聞き慣れない言語なのに、意味の伝わる歌。ヤマトとナデシコの世界の定番卒業ソング。
「~♪」
真似して歌ってみる。一度聞いただけなのに音程含めほぼ完璧だ。やがて曲はクライマックス。ネリーはエサルカの手を握る。
「……え?」
その手が、握り返された。
「エサルカくん……?エサルカくん!?」
その手を何度も握る。反応は返って来ない。部屋に満ちるのは、沈黙。
「……あはは、もう、いたずらはわたしの、ほうが得意だったのに、な……気のせいだったのかな……」
涙は零れなかった。思い出の泉は枯れなくても、流すべき涙はすでに枯れていた。手から視線を外し、その顔を見る。
「……笑って、る……?」
気のせいではなかった。確かに、その口角が描くのは笑み。
涙は落ちた。いつかの海岸で恋に落ちた瞬間の笑みが、そこにあった。
「……エサルカくん、もう一度、歌うね?…今度は最後まで歌うから、ちゃんと、聞いてね?」
歌は響く。しかし声はうわずり、音程は外れ、途切れ途切れになっていく。
やがて再び返ってきた、手の確かな反応。胸が苦しい、呼吸が苦しい。それでも、彼女は歌い上げた。
それは、たった一人に捧げる愛の歌。
見事歌い上げた歌い手は、笑みを浮かべる聞き手の胸に顔を埋め、堰を切ったように嗚咽を零した。
エルフは永い日々を精一杯、生きている。
それは耐え難き別れと向き合う時間の永さと、奇跡に出会う機会の多さを示しているのかもしれない。
そして、奇跡を呼び寄せるのは、ただひたむきな愛と未来を信じる勇気。
そこに世界の違いは関係ない。
これにて、『緑ノ章 愛歌のロニア』完結となります。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
次回は『間ノ章② みどりのおまけ』をお届けする予定です。
そちらにもお付き合いいただけると幸いです。
現時点での感想や評価、大歓迎でお待ちしています。
一言でも聞かせていただければ、めちゃめちゃ嬉しいです!(作者)




