246.あの日響いた愛の歌②。その後の学園にて。
ロニア魔法学園でもっとも有名な人物は誰か?
無論、『緑のユディット』である。500年前の七人の英雄達『七天将星』が一人にして、大陸復興の立役者。
彼女を讃える歌や描いた絵画、題材にした舞台歌劇は数知れず。王都では知らないものは居ないのだ。
まぁ、そこには尊敬の念より、その方が売れるという打算的な計算が無いわけではない。
緑をモチーフにして、見目麗しいエルフを書けば、購入する層が一定数いるのが王都の創作事情という裏話もある。
事実、画材でもっとも売れ行きが良いのが緑色の画材だ。
当の本人もそんな現状を把握した上で、存分に利用してきた。
偏見混じりの目線に飽き飽きしていたこともあったが、色々あって現在は吹っ切れている。
では、ロニア魔法学園で二番目に有名な人物は誰か?
その人物は、今年から新設されたユディットのクラスの副担任で有り、その彼女との同棲の噂もあり、初夏の舞踏会ではダンスパートナーにも指定されたエマであった。
えこひいきと呼ぶには、彼女の論文や使いこなす魔法の実力はしっかりしていて、老年の学園教師も手放しに褒めるほどだった。
前置きは長くなったが、端的に言おう。エマは顔が売れすぎた。本人の自覚が追いつかない程に。
「なるほどね。ユディット先生のぬいぐるみ…姉貴達曰く、『ぬい』だっけ?」
「それを買いに行った時に、見事に初対面の集団に捕まり、買えなかったわけですか」
「そう言えば、昨日の夕方は発売日でしたわね…」
「……はぃ…」
ライリー、イザベラ、メグの3人娘は、昨日の授業終わりに元気だった副担任の落ち込みように、ドッキリは中断して事情聴取に入っていた。
朝の授業開始までに、この副担任のメンタルを回復させたいと思った学習意欲の高い3人娘だった。
イザベラは意外に思っていた。いつもは我らが副担任は、担任ユディットの動向に振り回され、時に釘を刺し、たまに抱き寄せられる。エマは受け身だと思っていたのだが、どうやらエマからの好意というのもなかなかに大きいらしい。
「でもさ、ほら。姉貴達が教室に残していった私らの『ぬい』の中に、ユディット先生のもあったわよね?」
「そうですわ。聴けば、一般発売されたものもお兄様とお姉様が原案を作ったとか。即ち、ここにあるのは原案者自ら作った一点物。それに、売り切れるほどの人気ぶりなら、きっと再販売もありますわよ?」
「二人とも認識不足です。昨日発売されたのは、所謂ファーストロット、二度と手に入らないものなのです」
「……うぅ…」
イザベラは二人から、追い詰めてどうすんだ、という目線を食らった。考えてみればその通りであった。
今日は反省の意味も込めて素振りを増やそうと思うイザベラであった。後のことは、あの人がなんとかするだろう。
「……なるほど、そういう事情だったのか」
「「ゆ、ユディット先生!?」」
「おはようございます」
「……ごきげんよう…ユディットさま…」
いつの間にか、教室にいたユディットに戸惑うライリーとメグ。鍛錬の成果かイザベラはいち早く気付いていたので普通に挨拶。そして、エマはちょっぴり3人娘に影響を受けつつ挨拶をしていた。
「……昨夜から今朝に掛けて元気が無くてね。少々心配していた、よ?」
「………ん…」
ユディットはエマの頭を軽く撫でる。少しその頬に血色が戻った。
「……エマ、実はワタシの元には、今回の販売を取り仕切る事になった商人のデライラくんから、検品の品が届いていた。…各工房別に製品と変わらないものが、ね?」
「…そうだったんですか?」
「……所謂、最終決定版、というのかな。…正直、ワタシが持っていても仕方ないものだったから、処分するつもりだったのだが…」
「処分!?」
「……欲しいのなら、エマに贈ろう」
「いいんですか!?」
「……ああ、いいとも。…一応、商業的な契約に基づき査収したものだ。譲るにあたっていくつか条件が…」
「なんでも言ってください!」
「……ありがとう、エマ。まずは、今日の授業を元気にやってもらおうか、な?」
「はい!お任せください!学園長!」
すっかり調子を取り戻したエマは、テキパキと準備を開始した。
それをどこか呆れた目で見ながら、生徒達は机に戻っていく途中、
「………ふふっ…なんでも、か…」
そんな不穏な一言が聞こえたが、誰もがツッコまなかった。ツッコめなかった。
その日の授業は、過去に類を見ないほど上機嫌な二人の教師による分かりやすい授業だったという。
だが一方、生徒達の目にはどこか憐憫、捕食者に与えられる生き餌に贈るような目線が時折混じっていたそうな。
少女達は、今日も腕を磨き、知識を蓄え、大人に近づき、現実を知っていく。時には寄り道、知らなくてもいいこともあるだろう。
しかし、それら全てを糧にして、学園での日々は続く。もちろん導く教師も、ともに成長を重ねる。
限りある日々を精一杯、生きている。そこに世界の違いは関係ない。




