245.あの日響いた愛の歌①。その後の妹分たち。
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ヤマトとナデシコが王都を去って、しばしの時が過ぎた。
王都は、初夏の涼気の中、活動的な学生たちの半袖にだけ、ささやかな夏の気配が宿るような、過ごしやすい日々が流れていた。
これは、そんなある一日の出来事。
早朝、ロニア魔法学園の一角。そこは鍛錬の場であった。
ヤマト達が旅立ったことで、演習場の利用者は、現在女子のみであった。
そこで繰り広げられる訓練もどこかかしましい…ものではない。
冒険者を目指す学生や、いずれ領地で魔物との戦闘を迎えるであろう地方貴族出身の学生が、切磋琢磨する強き乙女の園。それがロニア魔法学園演習場の姿である。
そこには、特別クラス『若葉組』生徒一同、ヤマト達の妹分、ライリー、イザベラ、メグの姿もある。
「…腹で吐き、喉で鳴らす……ハァー……ハァー…フゥー…」
空手の呼吸法、『息吹』。それを試すのはライリー。ナデシコからの指南書を頼りに、心を落ち着け、呼吸と魔力を練り上げる。
その額には、呼吸のみでもうっすらと汗が滲み、身体の内部の鍛錬が静かに進行しているのが分かった。
「…観の目をつよく、見の目をよわく……」
イザベラは木剣を持ち、半眼で障害物が置かれた場所を歩く。その際、木剣も風になびく服すらも、障害物に当たることはない。
最後まで歩き終わると、木剣を一閃。その後には、二つに分かれた木の葉がはらりと落ちた。
「…固まる過程で、空気を含ませることが最も重要……」
己の手の中で冷気を循環させるのは、メグ。溢れる魔力は、確実に周囲の温度を下げていた。
ちなみに、メグが実践しているのはアイスクリームを自作する際のコツでもある。
最近のお気に入りのフレーバーは細かく刻んだ茶葉を混ぜたもの。
食べ過ぎないこと、という言いつけを守り、三日に一回という節制に努めている。
「(……もう少し熱くなれば、鍛錬終わりの身体を冷やす、という口実で二人と一緒に食べてもよろしいのではないでしょうか? そうなれば、一日に一回でも構わないはずですわ…)」
メグは企む。
その企みは実際に二人を巻き込み、いずれ学園中にアイスブームを起こす……かもしれない。
朝の鍛錬に割ける時間は意外と短い。
彼女達は淑女である。借りた備品は綺麗に片付け、汗を拭い、頭髪と服装を整え、朝の教室に向かう。
学生間で交わされる朝の挨拶はしとやかで、にこやかである。
「おはよ」
「おはようごさいます」
「ごきげんよう」
特別クラス『若葉組』。舞踏会の一件からすっかり学年の顔となっていた三人は、常に先に挨拶をされ、それに対しても丁寧に対応していた。
しかし、教室が近づき三人のみとなれば、軽口も交わされる。
「たまに思うけど、メグって朝も夕方も、いつも『ごきげんよう』よね」
「つまり、初手を固定し、相手の出方を見ているのですね」
「いや、つまりませんわよ。万能…いえ、適応できる場面が多い挨拶なのですわ。なんならライリーもイザベラもお使いになっては?」
「肌に合わないからパス」
「臨機応変、剣の基礎です」
「…再会の時にお兄様とお姉様の驚く顔が見られるかもしれませんわよ?」
「いいですね、ごきげんよう」
「そう?試しに、この後先生にかましてみせる?」
イザベラへはツッコミよりも、有効な対処法が見つかって、メグはすこしだけ楽な思いをしていた。
ライリーも別に喧嘩を売ってるわけではないと、理解はしている。メグは意外な所に二人の影を見ていた。
教室の前で始まる淑女講座。メグの所作は完璧で、剣術大会で表彰台常連のイザベラもある程度は会得済みであった。
そして、ライリーはメグから淑女的所作を教わる事について、実は楽しんでいた。
幼い頃から英雄譚を好み、父から冒険譚を聴いて、男の子を含む近所の子供を率いて周辺の森を探索した。ただ、姫物語に触れた経験がないわけではない。
肌に合わないと言いつつ、スカートの端を持ち上げる所作は不思議と様になっていた。
そして、そのことを弄るほど、イザベラとメグは無粋では無かったのは、強がりなライリーにとって幸運だっただろう。
本日は教室には副担任であるエマが先に着いている。
基本的に生徒達が先に教室への登校を終えるのがほどんどではあるが、なにか授業で使う資料があるときは、そのような日もあったのだった。
そしてそれを、昨日の時点で聴いていた『若葉組』生徒一同は、さっそく講義の成果を試すことにした。
「ごきげんよう。今朝も心地のよい目覚めでございますね。本日も麗しい一日になりますように」
エントリーナンバー1、ライリー。入室と同時に、教壇へ向け優雅な一礼。メグもこれには合格点を出さざる終えない。
「ごきげんよう。昨夜はよく眠れましたでしょうか?健やかな朝をお迎えでしたら何よりです」
エントリーナンバー2、イザベラ。口調はほとんどいつも通り、腰の木剣もご愛嬌。もし、ヤマトとナデシコが居ても驚かせることは難しそうである。
「ごきげんよう。今日という素晴らしい一日に感謝を。我が『若葉組』にとって実り多き日となりますように」
ラスト、メグ。さすがは、次期女王の呼び声が高いマルグリット・ミッドガルド、所作も言葉選びも完璧と言っていいだろう。
「……あ……おはよぅ…ございます……」
教室に居た顔色が悪いエマは、消え入りそうな声でやっとの事で挨拶を返した。
「「「(…いや、何があった…!?)」」」
こうして、驚かせる予定が見事に驚かされた生徒一同なのだった。




