244.愛は言葉では足りず。いざ、夏の海ひろがる海洋都市へ。
最後に残ったのは、ネリーとフルリス。
ネリーは、もう言いたいことは終わったというように微笑んでいる。
先ほどの再度の抱擁の際も、またたくさん撫でられてしまった。
この点だけは再会時が怖い。背中や頭が擦り切れてしまうかもしれないからな。
「そういえば、お二人にはまだ私の魔法をお見せしたことがありませんでしたね」
一方、フルリスはふと気付いたように呟き、その両手に魔力を込めた。
鍛錬を積んだ今だから分かる。その魔法は複雑で、魔力の量も異常なほどだった。
なにより、それを詠唱もなしで微笑みながら行っていた。やがて、その両手には、二つの球体が出現する。
「『サウンドスフィア』。古くは音玉とも呼ばれたエルフに伝わる魔法です。
魔力を込めた声をもう一方に届ける、彼方から此方へ伝わるの音の魔法。このようになんの補助無く生み出したものでも、10分ほどはもつのですよ?」
フルリスは片方を差し出した。俺はそれを受け取る。実体はないのに、手で保持できる不思議な魔法だった。
「つまり、フルリスちゃんは出発した後も、二人の声が聞きたいんだって!」
「ええ、そうなりますね」
「ありゃ?とっても素直…」
からかうようにネリーが言って、後ろからフルリスを抱きしめたが、フルリスは愛想良く笑ったままだ。
「お二人と友人となれたこと、言葉を交わしたこと、どれも素敵な思い出です。でも、後一つ、欲張ってもいいでしょうか?」
いたずらっぽく笑う王女陛下は、もう遠慮がちな女の子ではなかった。
もし俺達の世界と繋がれば、どんなアイドルとだって張り合える象徴的な女性になれるはずだ。
「ワガママ歓迎だ。なんなら今度会った時のおねだりでも準備しててくれ」
「ま、一個だけ例外はあるけどね。遠慮なんかしたら、お城で暴れちゃうからね!」
俺の言葉に、ナデシコは俺の腕を抱き寄せた。そして、空いた手でフルリスを指さす。
その不敬に王女陛下は、ナデシコがよくやるように腰に手を当てて胸を張ってみせた。
「ええ、必ず。困らせてみせますから、お覚悟をしててくださいね!」
「ふふっ、どっちも楽しみ!今からワクワクしちゃう!」
王家の二人。切なさよりも笑顔が似合う二人で、俺達の友達。
いつかを思って笑うネリーとフルリスが、がっかりしてしまわないように再会を目指そう。
客車に乗り込んだ。もう触れあえない距離で、声を届けるのも厳しい距離だ。それでも、繋がりはこの手の中にある。
「みんな、聞こえてる?」
『……ああ、よく聞こえてる、よ』
『初めて見ましたが、興味深いですね』
『少し不思議な感覚ですわね』
『すぐに側にいるみたい』
『兄上ー』
「俺も居るぞ、イザベラ」
『完璧だね、フルリスちゃん!』
『魔法の先生がお母様でしたので』
手の中は賑やかで、眼下の7人はにこやかだ。
ナデシコと二人、手を振る為に音の翠玉から口を離す。手を振れば、皆応えてくれた。
きっと鼻を啜る音も、目の端の小さな水の欠片も届かない。
「さ!このまま、ひたすら『さよなら』とか『またね』って言うのも芸が無いわね」
「じゃ、どうする?」
「ネリーに倣いましょ!」
『え?わたし?』
ネリーさえも驚いた。
王都に入る前に出会ったネリー、卒業式の舞踏会では見事な歌を披露した…。ということは…?
「私達の歌を聴けぇ!」
「おっけ、アカペラな」
『『『どいういうこと!?』』』
『いぇい!待ってました!』
皆の動揺でハウリングする音の翠玉。ノリノリなネリー。
イントロの代わりに、俺が屋根を軽く蹴ってリズムを刻む。
それに合わせるように、ナデシコが声を弾ませた。奇しくも、車両の発車は同時だった。
歌い出したのは、僕たちの世界で誰もが一度は口ずさむ、青空がよく似合う旅立ちの歌だ。
徐々に小さくなる皆の姿、王都で習った魔力による身体強化で視力を強化すれば、皆の笑顔が見えた。
歌詞に込められた『サヨナラ』は決して悲しい終わりではなく、新しい扉を開けるための合言葉。
この世界で歌は、俺達の言葉で流れる。それでも、不思議と意味だけは伝わるのだ。
「いくよ、ヤマト!」
「おう!」
サビに向かって二人の声が綺麗に重なり、風に乗ってぐんぐんと加速していく。魔力によって身体は桜色の燐光を散らした。
出会えた奇跡への感謝と、未来へのエールが、弾むようなメロディとなって王都の空へと突き抜けていった。
曲が終わると同時、音の翠玉はゆっくりと崩れてゆく。
「あー、歌った歌った…」
「私達、中々良かったんじゃない?」
「最高、の間違いだろ?」
「分かってるじゃない!」
ナデシコと車両の上でぐったりとしている。二人とも、知らないうちに魔力を使い切る勢いで魔力を込めてしまったらしい。制御が甘いと、先生や同級生に笑われるな。
二人で眺める王都は、手の平に乗るほど小さくなっていた。
ナデシコの瞳から、一粒、波が落ちた。風にさらわれたそれは、王都に届いてしまうかもしれない。
だから、俺はそれを拭う。そして、頬に手を当てた。
「ヤマト?」
俺がナデシコを好きになったのは、いつからだろうか。
出会いは、はっきり覚えている。
ひとりぼっちで泣いている女の子、名前も知らない顔も分からない、そんな女の子に声を掛けた。
理由は、なんとなくその事が嫌だった。そんな曖昧で、感情的なものだった。
今は、落ちる涙も愛おしい。
「ナデシコ。これからも出会おう。色んな人に、色んなことに」
「…寂しくなっても?」
「ああ。絶対俺が側にいるから、それを半分こして持って帰ろう。そして、いつか合わせて、宝物にしよう。…それでも寂しいか?」
「少しだけ、寂しいわ……唇が、ね?」
もっともいたずらな言葉で、ナデシコが誘う。そのまま、導かれるように唇は重なった。
しかし、王道とはほど遠い俺達には、蛇足はつきものなようで。
『………すまない。母上と魔力を共鳴させれば、もう少し繋がれそうだったので、ね?』
『…全部聞こえてました』
『姉貴ってば大胆』
『お姉様は積極的ですわ』
『流石です。兄上』
『うらやましく思います』
『二人ともサイコー!…あ、多分、後一言分くらい』
いつのまにか再生した翠玉は、俺達の近くに在ったのだった。生放送、絶賛オンエア。
「「お前ら!覚えてろよ!」」
逃げるように砕けた翠玉は、王都へ吹く風に混じり、消えていった。
二人の照れ隠しに染まった頬は、初夏の太陽より赤く熱く、風だけではしばらく冷めそうにない。
次の都市は海洋都市、この熱を冷ますのには夏の海はきっと丁度いい。
Q:二人はなんの歌を歌ったのか?
A:Jの付く団体に配慮してそれだけは言えぬ。
もしよろしければ、貴方が歌った卒業ソングを流してください。
学園編の終わりは思い出の卒業ソングと共に。
次回、エピローグです。(作者)




