243.緑星の導き。別れの言葉を言い換えて。
「……まぁ、もっとも、ワタシの人脈、各所に作った借りを使えば、この便を一ヶ月ほど遅延させることなど造作も無いがね。……痛っ、冗談だ、よ?」
ユディット先生の言葉にエマ先生は無言で杖の先で横腹を突いた。
無法で捉えどころの無い魔法の達人でも弱点はある。いろんな意味で。
「ライリー、イザベラ、メグ、しっかりな?」
「お兄様、このタイミングだと意味合いが変わりますわよ?」
「兄上、わたし達はしっかりしています」
「いや、イザベラが言うとややこしくなるわね」
「ライリーってば、容赦なしね」
ナデシコが付けたオチに顔を見合わせて笑う俺達。笑顔を交わした回数は数えきれず、しばらくはその回数が増えないことは少し寂しい。
異世界に来て数ヶ月、また来た時の約束も増えてきた。
指の数で足りなくなっても、花束のように両腕で抱えて歩んで行こう。
「……さて、言葉は語り尽くせぬものだ。…だが、その一部は、ここに記した。…持っていきたまえよ、二人とも」
ユディット先生は二冊の本を、俺とナデシコに寄越した。
その本は、昨日一緒に作った卒業アルバムだ。書き込みや、留め金、飾り鋲を付けるとして、預けていた。
「凄く立派な装丁ね。ありがとう、ユディット先生」
「エマ先生も手伝ったんだろ?ありがとな。…でも、なんか悪いな、二人には贈り物を用意してなくて」
俺達が仕掛けたぬいぐるみは別にして、何か二人にも贈り物をと考えてはいた。しかし、それは他ならぬ、二人によって止められた。
「……キミ達からの異世界の知識、それはワタシ達にとって値千金。…今は、研究室に保管してるキミ達と交わした日誌、あれ以上の贈り物はあるまい、よ」
「どういたしまして、ヤマトさん、ナデシコさん。そういう事です。これ以上恩を受けてしまえば、ユディット様はなにをやらかすかわかりませんからね?」
なにそれ怖い。
もともと、生活費や家賃の代償だったはずだが、ユディット先生にとっては、それ以上の価値として積み重なったようだ。
「……そして、これも贈るとしよう。ワタシは、ヤマトくんに」
「では、私はナデシコさんに」
二人は、俺達の胸に一つずつ、緑の星を象った記章を取り付けた。
「これは、アーテナイからも貰った…」
「勝負で勝った証だっけ?」
俺の言葉に続き、ナデシコも自分の胸をみて首を傾げた。
アーテナイから貰ったのは赤星章だったな。アーテナイに挑戦し、勝利した者へ贈られるものと聞いていた。
「七天将星の皆様が、自分が認めた者に贈るのが、星章。
その授与方法は様々で、ユディット様の緑星章は、本来はロニア魔法学園高等部卒業者に与えられるものなのですが」
「……普段のワタシのように明確な基準を設けているものもいれば、己の裁量で与えるものもいる。…アーテナイと今回のワタシは、後者に含まれるだろう、ね」
ユディット先生の浮かべた苦笑は、自身に向けられたものだった。
誰より計算高い先生の、計算出来ない領域に、俺とナデシコは居たようだ。
「ありがと!この星に恥じないように胸張って行くわ!」
「誇りをこの胸に、ってやつだな。うん、しっかり受け取った」
俺達にとって緑星章は、そんな先生から貰った、照れくさい栄誉の勲章なのだ。
乗車時刻、今回も鉱山都市を出発した時と同様に、俺達は最後尾の荷台の屋根を指定席とした。最初の休憩までだが、王都を目に焼き付ける特等席だ。
ちなみに、この指定席は一度蹴られたのだが、ユディット先生の紹介だと言ったらすぐに承諾された。
ついでに、車内の席も最高ランクに化けていた。運輸業界にどんな弱みを握ってるんだ、あの先生。
少しだけ、他の乗客により乗車までに時間が出来た。その間に、俺とナデシコは皆と抱擁を交わした。
普段は少しだけヤキモチ焼きのナデシコも、今回ばかりは俺が他の女の子たちと抱き合っても嫉妬を覚えなかったようだ。きっと彼女にとって、いや俺達にとって、皆はもう身内同然なのだから。
「お兄様、お姉様、この言葉だけは、皆で決めてましたの」
「ええ、これは約束ですよ。兄上、姉上」
「兄貴!姉貴!破ったら殴り込みに行くから!」
「「「またね!」」」
三人の声が重なる。勇ましい拳と晴れやかな笑顔がこちらに向けられた。
俺とナデシコも、顔を見合わせて声を揃えた。
「「またな!」」
メグ、イザベラ、ライリー。俺達の妹分は、強くて頼りになるのにまだまだ成長途中だ。だからこそ、再会した時が本当に楽しみだ。
二人で応えるように突き出した拳は、その未来を掴み取るための誓いだった。
「……キミ達の課題、不可能ではないと、その旅路で証明したまえ」
「最高評価だけを準備してますね?」
「もちろん!」
「やって見せるわ!」
ユディット先生、エマ先生。二人に教えられた知識、そして何よりここで得た『学びの姿勢』をこの先も使っていけば、これからどんな難題が立ちはだかろうと、俺たちは決して無力なんかじゃない。
例えそれが、元の世界に帰るなんていう、途方もない課題であっても。
例えそれが、元の世界に戻った後、また来る方法を見つけるという、今はまだ見通しの立たない未来であっても、俺たちは必ずやり遂げてみせる。
誓いは胸に、刻まれた。




