242.学園は賑やかなままで。別れは静かにやって来る。
昨日、6の月29日。
ロニア魔法学園の各教室で舞踏会の話が盛んに交わされていた頃、一つの教室では三つのため息が共鳴していた。
「昨日の卒業旅行2日目は凄まじかったですわね…」
「そうね。兄貴とイザベラが組んでイングリットさんに挑んだり、ユディット先生に二つの王家のトップを加えた魔法の授業があったり、姉貴の提案でウチの両親まで巻き込んだ泳ぎと走りの大会が開かれたり、泉の主っぽい馬鹿でかい魚が暴れたり……」
「姉上が森林探索の時に描いた絵の再現のようでした…」
うわ空の三人の心は、未だに『ミール湖』にあるようだった。
無理もない。濃度で言えば、こちらの世界に来た初日並みの騒がしさとイベント数だったのだから。
「学園って、静かだったのね…」
「いつもの休養日明けは、兄上と姉上が休み中にあったことを話して、メグがツッコむという流れができていましたからね…」
「イザベラの証言には今ひとつ納得出来ませんが、静か、というのは同意ですわ…」
どことなく元気がない声の3人娘。
ちなみに、俺とナデシコもメグのツッコミが楽しくて話してるところもあったし、イザベラが正しい。じゃ、そろそろ入るか。
教室の前に居た俺達は、隣にいたユディット先生とエマ先生に合図をだした。そして、ふたりは頷いた。
「……おはよう、諸君」
「おはようごさいます。皆さん…」
「おはよ!」
「元気か?」
「「「………」」」
いつもの挨拶の教師陣に続いたのは、俺とナデシコ。三人娘は固まってしまった。
ちなみに俺とナデシコは『取り寄せバックパック』から、なるべく大人っぽい服として、白いワイシャツと白いブラウスをそれぞれ着用している。ナデシコは伊達眼鏡まで着用済みである。ナデシコ命名、先生コーデ。
「……さて、今日は『ロニア魔法学園特別調査員』の二人を特別講師として招いた」
「だそうです…」
「今日一日だけだけど先生よ!」
「事情を話すと、今日は片付けとか準備で予定を空けててな。ユディット先生に昨日その予定を話したら……こうなった」
3人娘はまだ言葉を発さないが、徐々に表情は動いてきた。
その感情は、苛立ち、喜び、呆れ…なんというか複雑な表情だった。やがて再び、三つのため息が共鳴した。
「よろしく、先生…いや、いつものでいっか、なんかムカつくし…。兄貴姉貴、質問いいかしら?」
「おう、よろしくな、ライリー」
「うむ、何でも来なさい!」
「どこまでボケれば気が済むの?」
「加えて、兄上、姉上、どうして教えてくださらなかったのですか?」
「さらに加えまして、お兄様、お姉様、余韻という言葉の意味はご存じかしら?」
「「…ハハハ」」
「「「笑って誤魔化すなー!!」」」
朝一番の教室に、二つの笑い声と三つのツッコミが木霊した。朝の授業は、3人娘からの説教をエマ先生除く3人で受けることからスタートした。
ま、先ほどまで聞こえていた声から読み取れた退屈は、無くなったからよしとする。
時は今に戻り、王都、南方面の連絡便発着場。
「確かに、お兄様とお姉様の世界の違いに関する考察や、魔力の有無における環境や生物の変化、などの話も興味深くはありましたわ」
「よもや話みたいなもんだ。教室の外だと誰も信じちゃくれない類いのな」
でも、鉱山都市の面々と王都のエルフ王家にはバラしてるから、話をする機会もあるかもな。
「ま、私達の授業はうまくいったんだけど、午後からの作業は結構大変だったわねー」
「ユディット様ったら、写真の『現像作業』や『焼き増し』に加えて製本作業まで…」
ユディット先生は二ヶ月しか居なかった俺達の為に、卒業アルバムまで作ったのだった。しかも、在校生分と教師分まで含めて。
実は俺達の客員教師もこの本の制作作業の人手欲しさだったのでは、などと一瞬疑った。
ちなみに、エルフ王家の二人も夕食の際に、その卒業アルバムを欲しがり、無事増刷が決まったそうだ。がんばれ、ユディット先生。
「兄上と姉上からいただいた本と合わせて、一生大事にします」
「大袈裟ね、イザベラ。…でも、そうね。ありがとう、兄貴、姉貴」
「わたくしからも、心からのお礼をもうしあげますわ」
俺とナデシコが、ライリー、イザベラ、メグに贈ったのも一冊の本。
ライリーには、ナデシコに強請っていた地球産の拳法や、その鍛錬法を描いたものを。
イザベラには、俺が知る限りの剣術や『五輪の書』を初めとする心構えを書いたものを。
そして、メグにはこの世界でも作れる俺達の世界の料理やお菓子のレシピを書いたものを。
ライリーは、もっと強くなるだろう。イザベラは、もっと剣を磨くだろう。メグは、アイスの食べ過ぎには注意するように、という一文を守ってくれると信じてるぞ。
後、手慰み、というか、以前、鉱山都市でも作った、俺とナデシコのぬいぐるみ。
それにみんなを象ったぬいぐるみは作り方と一緒にこっそり教室において来た。
ちょっとしたイタズラだ。俺達の見送りの後、教室に戻った時に驚いてほしい。呆れるかもだけど。
「………そろそろ、出発の、時間だ、ね?」
俺達を見守っていたユディット先生はいつもよりゆっくり呟いた。
遠くでは乗車が始まっていた。




