240.暗がりの探索者。落葉、集う場所。
時は少々遡り、『若葉組』の森林探索最終日。
場所は、『ミール湖』周辺の森林地帯。周辺は木々の影が落ち、若干暗くなっている。
Bランク冒険者『夜明けの妖精』。
前衛は二人、リーダーでもあり中衛が一人、後衛が二人。その内の一人は治癒術の使い手
ロニア魔法学園卒業者5人で構成されるその冒険者パーティーは、学生時代から優等生であり、冒険者としても優等生と言えた。
依頼失敗は結成時からゼロ。無理はしないし、背伸びもしない。
今日の調査依頼は、学園名義で出された森林の調査依頼。
昼間に出現したという『レイクリザードマン・コマンダー』。
時間帯もさることながら、迷宮内ならまだしも、上位種の魔物が自然発生したという異常を調査するのが、彼女たちの任務だった。
通常、魔物は夜間に自然発生し、下位種から周辺の生物や自然豊かな大気から魔力を取り込み、上位種に至る。
緊急性も高く、魔力に対する知識も必要な調査依頼が出た時に、彼女らが居たのは王都冒険者ギルドにとって幸運だった。
「これで周辺調査も半分は終わりね。それでは各自報告を」
仲間に呼びかけたのは、ユディットとも話した『夜明けの妖精』リーダー。
現場に到着後、まずは件の魔物の出現場所周辺の調査に乗り出した彼女らは、辺りに魔物の魔力を感知出来ないことを確認してから、別れて行動した。
結果は異常なし。別れても、魔物は探知出来ず、植生なども調査の範囲だったが、そちらも空振りに終わった。
「…ちなみに、ユディット様から言われたことは?」
パーティーメンバー以外居ないこの場ではあるが、リーダーは声を潜めた。
メンバーは無言で首を振る。全員が、ふぅ、と息を吐き、力を抜いた。
ユディットは『夜明けの妖精』と出会った際、一つ助言を与えていた。
『……キミ達が調査を行う際、通常であれば、周辺の魔物や自然を対象にするだろうが……今日は、人為的な仕掛け、細工が無いかも確認したまえ』
魔物の出現に『人』が関わっている可能性。
世界が平和になり、犯罪も限りなく少ない世代の彼らにとって、それは考えにも及ばないことだった。
事実、その助言で普段より注意深く調査を行ったといってもいい。
「あれって、緊張感をもって調査しなさい、っていうユディット様のアドバイスだったのかしら?」
「あらゆる可能性を考慮しなさい、って意味だったとか?」
「つまり、わたし達、卒業してから授業してもらえた、って事!?」
キャー、と前衛二人と後衛の魔法使いが盛り上がる。
リーダーは注意しようとも思ったが、先ほどの邂逅の際、興奮気味だった自分を振り返り、頭を掻くに留めた。王都民にとって、ユディットへの憧れは共感出来るものだった。
しかし、そこで三人のノリにも合わせず、周囲を見ていた治癒術師を見つけた。
「どうかしたの?」
「あ、リーダー。実は、魔力は感じなかったんだけど、視線を感じた気がして…」
「ふむ…」
疑心暗鬼、そのような話題が出た後だからありもしない視線を感じた、と片づけるのは簡単だが、ここでも優等生振りは発揮された。
「はい!注目!この後の残りの半分は5人で行いましょう。例の出現場所も含まれてるから、念のためね!」
その言葉に、騒いでいた三人も表情を引き締めて頷いた。治癒術師も、安堵の息を吐いた。
「ちなみに、ユディット様から調査が終わった後、冒険者ギルドの前に湖畔の別荘でも報告してくれれば、屋敷の者からお茶が出るって言づてをもらってるわ!」
「早く言いなさいよ!」
「どんな異変も見逃さないわ!」
「むしろ異変をやっつける!」
「が、頑張ります!」
士気は大幅に向上した。
そこで自分だけに知らされた意味を理解して、極めて冷静であろうと改めて気を引き締めるリーダーだった。
「やれやれ、血気盛んで大変結構。念のための確認で、鉢合わせなんざ、まっぴらごめん。それでは、あっしはここいらで……」
蝶ネクタイに紳士帽をした黒い猫型獣人が一人、森の影に消えたことを、彼女らは幸運にも気付かなかった。
『ミール湖』の別荘のメイドに届いた報告、王都冒険者ギルドにあげられた報告文、そのどちらも結論は『異常なし』。一人が感じた視線のことは省略された。
やがて、この報告も日々の中に埋もれ、突発的異常事態の一例としての役割を果たすのみとなった。
時は流れ、約一ヶ月後。
森林の木陰など、比較にならないほど闇が濃密な暗所にて、猫型獣人は脱帽の上、跪いていた。
「以上、『リザードマン・ネクロマンサー』になるはずだった個体の報告と相成りました」
―――そうか。これまで討伐された魔物を操る個体の実験は成せず、か。元より量産は出来ず、発生直後では容易に討伐可能。これも失敗としておこう。
響く声。その声に、落胆もなければ、苛立ちもない。感情による色は無く、例えるなら黒い声だった。
「それでは、あっしはここいらで…」
―――待て。
猫型獣人は、完全に動きを止めた。無論、なんの魔法でもない。自主的に呼吸さえ止めた。
―――疑問がある。どうして直接、報告に来た?『例の二人』を観測するものだと、想定していたのだが?
「……いえ、『例のお二人さん』は、どうにも海洋都市に向かうそうでしてね」
―――理解した。かの地への干渉、約定により行わない。いや、黒爪、先の質問も干渉か?
「約定は直接干渉のみが対象。問題ありませんや」
―――ならば、よい。
それを機に、黒い声の気配が遠ざかる。それからしばらくたった後、黒爪と呼ばれた猫型獣人は、帽子を深く被った。
上下の牙をかみ合わせる音は、暗がりと猫の頭蓋の中にのみ響いたのだった。




