239.若葉から青葉へ➃。『世界樹の若葉』。
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月に雲がかかる頃、別荘内を歩く二人がいた。
その二人は子供達の部屋を通りかかり、足を止めた。
「……ふむ、すでに寝ているか…」
「…ユディット様、扉越しでも音を聞くの、止めた方がいいと思いますよ?」
繊細な魔力のコントロールを身につけたユディットにとって、扉一枚先の音を把握することは児戯にも等しい。ただ、それを普段からそれを受けてる同居人であるエマにとって、一言注意しなくてはいけないことであった。倫理的に。
「……それに、奔放な寝相なようだ」
「状況もです」
以下略。
結局、二人は扉を開き中に入ることにした。夏といえど夜は冷える。
まだまだ遊び盛りな子供達が風邪など引いて遊べなくなったら、可哀想という説得にエマも折れた。
無論、遊び相手が居なくなって悲しむのは、ユディットも含まれるとは思ったが口にはしなかった。
「……彼らの世界では、こういう状況を、『寝起きドッキリ』というらしい。…寝姿や起きる様を記録して、多くの人と共有するそうだ、よ?」
「いいから、魔力で音を消してくださいね?」
そんなわけ無い、とエマは思いながらも扉を開く。
ユディットは懐から出した杖で魔法を使い、自分たちから出る音を消している。
「(……ほう、白熱した勝負だったようだ。…盤面から見るに、三人と二人で争い、概ね互角)」
散らばったトランプ、5人の座り位置から、様々な事を察したユディットは、観察に走った。
ベッドを三つほどくっ付けて完成した遊技場にはトランプが広がり、生徒は5人とも寝こけている。
動作の途中で力尽きたように突っ伏すライリー。
普段から運動が得意な彼女は柔軟にも力を入れているのは知っていたが、予想よりも柔軟であったらしい。
5人で唯一しっかりと掛け布団を被ってるイザベラ。
恐らく、遊戯中もこのスタイルだったのだろう。木剣を寝床にまで持ち込んでいるのは、今度それとなく注意しようと思った。
寝ていても手札をさらさず、口元を隠しているメグ。
彼女の夢の中ではまだ、勝負の最中なのかも知れない。しかも、手札も強い。隠された口元には笑みが浮かんでいた。
そして、お互いを支えに寝ているのは、卒業生、ヤマトとナデシコ。
恋人同士の距離の近さで寄り添う様は、微笑ましく思う。どうやら、彼らの為の卒業旅行は、大成功のようだった。
ふと、ユディットは自分の袖が引かれるのに気付いた。エマである。
可愛らしい動作だったので、反射的に抱きしめようかと思ったが、その表情にある非難の色に考えを変えた。ユディットにとって、目下最も恐ろしいのは、彼女に嫌われることである。
魔法と魔力を駆使して、全員の寝床を整え、布団を掛ける作業はあっという間に終わった。
「(……警戒を解いているのだろう…。いや、信頼されている、と考えるとしよう。…その方が嬉しい)」
その柔らかな微笑みの横顔を見たエマは、少しだけ思い返す。
学生時代、その微笑みを向けられていたのは自分だけであった。しかし、今は彼、彼女らにも向けられている。
そのことに、不思議と嫉妬や恨みは湧かない。
「(…ああ、きっと、学園で一緒に教育してきたこの子達は私達の…)」
『世界樹の若葉』。このクラスの名前。
その言葉には、いずれ大きくなる、増えていく、といった意味があり、幸先の良い始まりを意味する。
転じてその実物には、古くから続く貴族の家にとって、プロポーズの際に贈るものでもある。
それも、子だくさんの家庭を作ろう、という意味で。
その言葉を知らない異世界の生徒によって付けられた名前。
他にも候補があったにも関わらず、ユディットがこの名前に投票したその意図は、今になってエマは察していた。
同性同士、寿命が違う種族、人間とエルフ。
それでも、形は違っても、家族は残していける。
若葉が青葉に代わり、紅葉の色づきを見せ、落葉した後でも。
「(…あなたを一人にしないことが、なにより嬉しい…)」
いつまで、思い出の中に居れるだろう。エマにとっての恐らく永遠の課題。
それを思って、エマはユディットの手を握る。そのユディットはエマを見れば、潤んだ瞳に思わず息をのんだ。
「(……これは、近年稀に見る…。いいよ、のサイン…!)」
意図は伝わっていなかった。
冷静な部分が発する警告、生徒の前や、常識などが障害となった。
しかし、その肩に手を置けば、エマはゆっくりと頷いた。
「(……なんと、大胆な…)」
ユディットの顔に動揺は出ない、しかし、息を飲む喉が出す音を止められなかった。
「「「「「…………」」」」」
「「……あ」」
音を消す魔法は止まっていた。
向かい合う、寝ぼけ眼の十の瞳と揺れる四の瞳。
「………ふぅ…夜更かしは、ほどほどに、ね?」
「「「「「…………はぁい…」」」」」
寝ぼけ眼の生徒一同は、そのまま床についた。
翌日、生徒達が何も覚えていないことを確認するまで、ユディットの動揺は続いた。




