236.若葉から青葉へ①。切なさで終われない。
いや、確かに俺達の学園での日々は終わった。
「……はずだったんだけどな」
「どうしたの?ヤマト、独り言?熱中症予防にジュース飲む?」
つば広帽子にサングラスをはめた水着のナデシコに、ジュースを渡され、一口飲む。
「うまいな、コレ」
「……キミ達の世界では、トロピカルジュース、というのだろう?…数種類の果実の組み合わせ、比率を学ぶ教材にもなる。…多少値ははったが、たまの贅沢としゃれ込もう」
木陰のデッキチェアに居る水着のユディット先生からの解説。あ、俺達の分の椅子もあります。二つ分。
この世界の甘味は基本お高い。果物を搾るのは、かなり高級志向である。いや、そうじゃなくて……。
「どうしてこうなった…」
「はは…、ユディット様曰く、卒業旅行、らしいですよ?」
力なく笑いながら、答えたのはこれまた水着のエマ先生。
そう、俺達はそのような名目で、6の月27日の休養日、森林探索で訪れた別荘付きの保養地『ミール湖』に来ていた。
時は今朝に遡る。
王都からの出発予定は30日の朝、今日から3日間は俺達の準備期間。
そして、休養日の学園は、昨日の大騒ぎを忘れたように静かだ。
「暇ね…」
「そうだな…」
実は準備はほとんど終わっていた。というのも、俺達にはチートなアイテム『取り寄せバックパック』があり、荷物の取捨選択は必要ない。
日常の買い物のついでに、王都から持って行きたいものなどは買いそろえていた。
後、ユディット先生に勝った後だろうか…なんだか『取り寄せバックパック』が軽くなった気がするのだ。アーテナイの時にもあったレベルアップだろうか?
「掃除でもやるか…」
「そうね…」
王都巡りでもしようかとも思ったが、今日と明日は予定を明けておくようにユディット先生に言われていた。借家返還の際に立ち会いでもあるのだろうか?
ちなみに、王都で出来た知り合いには大体挨拶済みだ。
前の休養日には、ラケルの秘書エルフのシェーヌとメイドエルフのルスィスさんの父であり、過去にアーテナイに助けられたというアイヒェさんと再びお茶の時間もとった。
その時に、海洋都市に行くことを話すと、ある言づてと共に、橙のライル宛ての手紙を預かることになった。無論、中身は見ていない。その言づての内容から察するに、好意や恩を感じているらしいことは察しがついた。
「あ…!」
「どうした?ナデシコ?」
掃除の為、台所の戸棚を開いたナデシコから声が上がった。そこに駆けつけるとあったのは、あるメモの着いた包み。そのメモの内容は…
『頑張った二人に!エルフの秘伝!安全!安心!避妊薬!』
めまいがした。そう言えば、約二ヶ月前に隠したままになっていたのだ。
それは、俺とナデシコが借家にて二人きりで過ごした初めての夜……いや、この言い方は不味いな……ネリーが外泊、というか実家に帰った夜に残していった不審物であった。…いらん伏線回収しやがって…。
「あの時は、夜で分かり辛かったけど…エグい色してるわね…」
「…俺が何言ってもセクハラになっちゃうんで黙りますね?」
ピンクの袋は特徴的だった。ネリーに返すのを忘れてたな…。
「……ヤマト、どうする?」
「いや、どうするって……」
「その、捨てるか…とっとくか……」
一旦、その袋をテーブルに置いたナデシコの頬は赤く、視線は俺から外れた。
答えは沈黙……とはいくまい。重要な選択肢である。
この世界ではキッパリと禁欲に徹する宣言か、今後の万が一…いや、十が一位の事態に備えるか…。
――コンコン
響くノックの音。俺達の反応速度は、限界を超えた。
疾風の早さでドアに回り込むナデシコ。迅雷の勢いで包みを『取り寄せバックパック』にシュートする俺。
疾風迅雷、バスケ漫画なら見開き一ページの大胆な構図で描かれていただろう。
……じゃねぇええええ!なにとんでも無い爆弾抱え込んでんだ俺!?
幸い、入ったのは俺のバックパックだ。ナデシコにも見られていないようだ。多分、希望的観測をすれば、そう。
異世界にいらっしゃる女神様におかれましては、このまま忘却の果てにつれていって欲しい。
ナデシコから、再び尋ねられたら……その時に考えよう、うん。
俺がヘタれたことを考えて居ると、訪ねて来た者はドアを開いた。
「……おはよう、二人とも」
「「おはようございます!ユディット先生!!エマ先生!!」」
「………どうしたのか、な?」
「なんでも!」「ないです!」
「凄く元気ですね…」
「はい!」「私達は!」「「元気です!」」
中学校一年生のレベルの英語の教科書の語彙な俺達。
その剣幕にユディト先生は耳を押さえて一歩下がった。隣のエマ先生も怪訝そうな顔だ。
「……まぁ、いいか」
どうやら助かったようだ。胸をなで下ろす。その動きはナデシコとシンクロしていた。
その動作に、目の前の先生方も同時に首を傾げた。
「……さて、二人とも、今日と明日の予定は空けておいてくれたか、な?」
「ええ…まぁ、言われた通りに」
「今日は借家の確認か?」
非常事態も脱し、ようやく平常運行な俺達。先ほどのは不幸な脱線事故だ。
「……よろしい、では行くとしよう」
「行くってどこへ?」
「研究室か?」
「……いや?ちょっとした、おでかけだ、よ?」
「「おでかけ?」」
その言葉に、首を傾げる事になったのは俺達。
「ユディット様、本当に言ってなかったのですね…」
呆れたようなエマ先生がそれに続く。
そして、今、『ミール湖』に至る。
まるで玉突き事故だ。不意打ちにも程がある。




