232.縁と緑の舞踏会⑯。真を写す光、未来へ繋ぐ足跡。
何かが燃え尽きるような音。そして、注目を集めたユディット先生。
そして、その手に握られたもの、それは『この世界』の者にとって見慣れない、いや初見のものだろう。
だが、俺とナデシコは似たものを知っている。
『若葉組』、並びにその関係者は事前の打ち合わせによって知っている。
カメラ。写真機。
あるいは、その形状からフォールディングカメラ、折畳式カメラとも呼ばれたものに近い形状をしていた。
「……我らエルフには…いや、ワタシには悲願があった。…それは、今現在を保存することだ」
ユディット先生は、カメラをエマ先生に渡す。
そして、エマ先生は、素早く大講堂から出て行った。
「…故に、己の出来事を物語として記し、感情の動きを曲にして歌い、あるいは目についた風景を描き、思い出そのものを彫刻として形に残してきた。
…端的に言おう、忘れたくないのだ。…長い時を生きる我らにとって、一瞬に等しい、その一時を」
王都には、エルフが作った多くの芸術品がある。
そして、旧エルフ国は、芸術を禁止したことで多くの民がその地を去った。
「……ワタシはかつて、自ら教鞭をとり、王都の民と過ごしていた。…今でも思い出すとも、ある生徒は生意気で、ある生徒は素直だった。…恋の相談なども受けたし、将来の事を助言したこともあった」
その瞳は遠くを見ている。距離の話ではない。時の話だ。
「……ある日、ふと会いたくなるときがある。…しかし、往々にして、それは遅すぎる願いなのだ。
…その内、王都でワタシを知らないものが居なくなり、『七天将星』が伝説と化した。
…今だから、言おう。………うんざりだった、よ」
その言葉には、多くの学園生が息をのんだ。
「……かつて、生意気だった生徒の面影を持つ者が話したこともないのに、尊敬のまなざしを向けてくる。
…かつて、素直で質問をよくしてくれた生徒の面影を持つ者が、尊敬のまなざしを向けてくる。
…いつかの恋の結末を知り、いつかの助言の結果を知る。…尊敬のまなざしをもった子供達から、ね」
嘆息。それは嘆きだった。
教師という形で、王都で誰より多くの人間と関わってた故の。
「……それでも、学園は好きだった。…かつていがみ合った種族が、教え合い、高め合うそんな場所が。
…例え、ワタシを見る目が一色でも、伝説の中のワタシしか見てくれなくても、ね?」
学園生徒一人一人を見るユディット先生には、紛れもなく慈しみがあった。
「……ただ、その悲嘆に関して言えば、ワタシの思い込みだったのだよ。
…それを証明したのは、ワタシに対して誰より深い尊敬を持ちながも、本質を見る目を待ち、学びを楽しむある生徒であり、今は教師の……。いや、本人に口止めされていたな。
…とにかく、型にはめ込んでいたのは、ワタシだった、という大変、情けないオチだ」
エマ先生の友人である、フレイヤさんが吹き出した。そんな時、大講堂の扉が開き、エマ先生が戻って来た。それを見たフレイヤさんは慌てたように咳払いをし、姿勢を正したのだった。
「……さて、ワタシの長話もたまには役に立つ。…時間稼ぎなどに、ね」
壇上のユディット先生が、悪戯っぽく目を細めて笑う。
「…エマ、手元の『それ』を掲げながら、こちらへ…。そして、生徒諸君は、生徒同士の間に人の通れる隙間を作りたまえ。…そして、エマの手元の『それ』を見るように」
エマ先生は頷き、大講堂をゆっくり歩いた。
今、学園の生徒は二種類に分かれている。なにごとかといぶかしむもの。そして、『それ』を、この世界で見慣れないだろう『写真』を見て、驚愕に目を見開くもの。
驚き、ざわめきは広がる。
エマ先生が会場を回り終え、ユディット先生の元へ到着するころには、会場中が驚きに包まれていた。
その、先ほどの俺達『若葉組』生徒一同の姿が写ったものを見て。
「……『写真』、そう呼ぶらしい。真を写す、という意味だそうだ。…着色もなく、ありのままに記録する。…新たな記録方法だ。
…さて、理論や制作方法を語りたいところだが、それをやると長話では済まなくなる。…いずれ、正式な発表をするとしよう、か。
…そして、この発明には、『若葉組』からこの二人の多大な貢献があったことを紹介しよう」
ユディット先生が隣に手を向ける。そこに立って居たのは、俺とナデシコだ。
会場の混乱に乗じて、俺とナデシコは変身状態を解除して移動していたのだ。
「……二人は我が同胞、赤のアーテナイより紹介された学園編入生、ナデシコくんとヤマトくん。
…ヤマトくんの方は制度の都合上、従者扱いだったが、二人とも我が学園の一員だ」
アーテナイの名前が挙がった時から、またざわめきは強くなった。
「……さて、先ほどの出し物で二人の実力の片鱗、その特異性はよく知れただろう。
…そして、『写真』開発への並々ならぬ貢献。…彼らは、学園史上、稀に見る逸材である」
すこし照れるが、ここでの指示は堂々としているように、とのことだった。
眼下に視線を移せば、事前にこの流れを知っていた三人娘も胸を張っていた。可愛い妹分達である。
「…ゆえに、このワタシ『緑のユディット』の名の下に、ラディス大陸各地での調査活動を担う、『ロニア魔法学園特別調査員』の任を、ここに命ずる。
…それに伴い、学園高等部卒業相当の実力と認定し、冒険者ランクB級の権限を授与するものとする」
その宣言に、歓声が広がる。
文句を付けるものなど誰一人おらず、『ロニア魔法学園特別調査員』。それが新たに増えた俺達の肩書きの一つだった。
次回、学園編、第七節『紡がれる前奏曲』開始します。
これにて最終節になります。




