229.縁と緑の舞踏会⑬。千年愛歌、世界樹の調べ。
舞踏会が始まって二時間ほど経った頃だろう。
用意された椅子で休む人も出てきて、踊るスペースが広くなり、演奏者も何度目かの交代を経ていた。
そんな交代の合間、ユディット先生からの目配せがあった俺達は、中央付近で集合していた。
目立つ集団だったお陰だろう。誰もが遠巻きにして話しかけてくるものは居なかった。
「まぁ、話しかけてこないのは、私もヤマトも、知り合い以外からのお誘いを蹴りまくったからでしょうけど」
「社交界としては見事な落第点ですわね」
「あたしでも初対面の子とも踊ったわよ?」
「なるべく猫被って、断ってるんだけどな」
「そう言えば…兄上は語尾にニャンが好きでしたね」
いや、そう言う猫ではない。というか未だに根に持ってたのか、イザベラ。
出会った初日のやり取りを思い出し、冷や汗をかく。違うって、あれはツッコミ待ちだったんだって。
などと、身内で固まって話して居ると、ユディット先生が何度目かになる登壇をした。
「……諸君、舞踏会を楽しんで居るだろうか。…ここで、ユグドラシル王家より、諸君らに贈り物がある。…それは…」
「はーい!わたし、先代女王コルネリア・ユグドラシルの歌でーす!」
ユディット先生の言葉に割り込んで、ステージ、否、大階段の踊り場に登場したのはネリー。
大人しかったのが嘘のような、はしゃぎっぷりだ。
会場に異変が起きたのは同時だった。学園生が、走りはしないまでも、足早にその近くにと、歩んでいった。
先ほどから、休んでいた生徒も立ち上がって、だ。
「人の集まり方が、話に聞いてた以上だな」
「王都においてネリーさんの歌は、ある種の伝説なのよ、兄貴。
披露するって分かれば、近くで聞きたいってのが、王都市民の共通認識よ」
俺達も聞かされた、ネリーの過去の話。それは王都の市民にとってもなじみ深いものであるらしい。
無論、伝わる話はネリーの主観や、その時当人同士が言ったことなどは大幅に削られているらしいが、建国神話のようなものであり、古き恋物語でもあるのだ。
「と、言っても、王都で企画される子供が大勢参加される催しでは、積極的に参加されています。
その場で歌ったりしているので、初めて聞くというの人物は少ないのですが」
イザベラからの補足が入った。母性が強いエピソードに余念がないな、ネリー。
よく見れば、友人らしき人を引っ張ってる生徒もいる。王都外の学園生を誘ってる王都出身者、という構図か。
「では、わたくし達はここで中央を確保し、待機しつつ、コルネリア様の歌が終わり次第…」
「ブチかますわけね!」
「…お姉様は、歌を聴いて気を落ち着かせるべきですわ」
メグに窘められてるナデシコ。お祭り騒ぎが好きなナデシコは今から高ぶってるらしい。
「はーい!みんなー集まってー!初めましての子も居るから、王都の定番の歌を歌うよー!市民楽団みんなー!よろしく!」
テンションが高いのは、ネリーもだった。
そのノリは先代女王というか、どちらかというと歌のお姉さんに近い。
「~~♪」
だが、歌が始まるとまたもや印象は一変した。
既知の感覚、言葉は分からない。なのに、その歌の意味は伝わってくる。
―――出会いの喜び、思いが通じ合うことの楽しさ、自分が変わって行くことの怖さ、それを受け入れることの勇気。そして、それらを全て愛しているという、ひたむきな思い。
洗練された旋律だった。
以前はアカペラ、外で唐突に聞かされたものだった。
だが今、大講堂という室内で、演奏付きでその歌を聴くと、より響いてくるものがあった。
―――寂しい。会いたい。でも、心の中でまた会える。だから、立ち上がれる。前を向ける。
いや、それだけではないな。この歌に、深く共感している自分がいる。
おしゃべりをしていた俺達は、もはや誰もが黙って、その歌を聴いている。
そして、以前は聞けなかった曲の続き。
―――出会ってくれて、ありがとう。
それは、ネリーにとって最愛の夫との歌であり、家族との歌であり、友達との歌でもあるのだろう。
だが、その出会いを感謝する歌は、出会いを愛する歌は、誰との出会いであろうと、そこに愛があるのなら、当てはまるものかもしれない。
恩師や、クラスメイト、恋人にも。敬愛、友愛、恋愛。
親愛だっていい。身近な人に、どうしようもなく感謝を送りたくなる。それを歌に乗せたのだ。
それは千年だって超える程の愛歌だった。
『世界樹の調べ』。エルフが歌うその旋律を、俺は生涯忘れない。
曲は終わり、会場には壮大な拍手と共に、すすり泣く声も混じっていた。
中には、友達に支えてもらってる子まで居た。
「あれー?みんな、泣いてない?大丈夫?
だったら、楽しい歌を……って、思ったけど、わたしの友達にお任せしちゃおうかな?
というわけで、ユディットちゃんの担当クラス『若葉組』のみんなー!後はよろしくねー!」
ネリーは集まった視線をまとめて、こちらに寄越した。
だからその時、ネリーと似た表情に見えたユディット先生を俺達だけが確認出来た。
言葉にするなら、
『……やってしまえ』
と言ったところか。上等だ。作戦、決行!




