228.縁と緑の舞踏会⑫。気づかないふりのステップ。
ナデシコと踊った後は、俺もナデシコも他のクラスメイトとも踊ることにした。
最初に踊ったのはライリー。
鮮やかなピンクは夏に咲いたサルスベリの花の様だ。
「ねぇ、兄貴の踊りって、ちょっと違うわよね?」
「リード。俺達の世界では、男女でこの曲を踊るんだが、その男パートなんだ」
運動神経のいいライリーはすぐにこちらのリードに慣れたようで、こちらと呼吸を合わせてきた。
「まだまだ、知らない事ばかりね、アタシ達」
「ああ、次が楽しみになるだろ?」
「そうね。今度は学園で勉強したこと、追いつけるように教えてあげるわね」
次会うときは、大変なことになるかもしれない。
今から多くを学ぶ彼女達に追いつくには、腰を据えて習う必要があるだろう。
「あ、それからさ…一個、言っとくわ」
「なんだ?」
「もし姉貴を泣かしたら、ボッコボコにしてやるから、覚悟してろっての!」
なんだかんだ、ナデシコに最も懐いたのは、ライリーだったように思う。
ナデシコに活発な妹が居たら…なんて、もしもを見た気がした。
「そうならないように努力する。ライリーにも約束するよ」
「だったらよし。約束守れてたら、また遊んであげる!」
「ああ、また遊ぼうな」
ライリーは、途中からこちらのリードを試すようなことまでやって来た。
イタズラなステップは、せわしなく、楽しげだった。
次はメグの番だった。
その華々しい立ち姿は黄色いプルメリアを連想した。
「メグ、さっきの曲の時、ちょっと居なくなってなかったか?」
「まぁ、お兄様はめざといですのね。……少々、伝言を受け取っておりましたの」
踊りや表情には動揺は出さず、ちらりとミッドガルド家側の貴賓席を見た。
釣られて視線を移せば、ヴァイオレット様がこちらに微笑んだ。視線をメグに戻した。
「聞いてもいいか?」
「ええ、もちろん。…仲良くするように、とのことですわ」
「それは…お節介だな」
「まったくですわ。皆と仲良くするのは、わたくしの選択、ご意見無用ですの」
胸を張るメグは今は可愛げが勝って居るが、今後、次代の王として成長を続けるのだろう。
その片鱗は見えつつある。でも、あんまり隙が無いと、からかいたくもなってしまう。
「そうか。実は王城に勤めないかと言われたんだ、さっき」
「でも、断ったのでしょう?その程度分かりますわ」
「ああ。もし勤めることになったら、『アイスクリーム』をいつでも提供できたのにな」
「……!?」
メグに分かりやすい動揺が広がった。
いつか受け取った『今までにないもの』というリクエスト、それに俺は『アイスクリーム』で応えた。
メグはとてもお気に入りになられて、あっという間に完食。
おかわりをご所望になったのだが、食べるペースが早かったのだ。
メグの体調…あと体型が心配になった俺は、複雑な手順が必要で量が提供できない、と誤魔化した。
刺さる甘味に当たると、判断力が低下するメグはそれを信じた。
「隙を見せたな、メグ。…そうやって、俺達の前でくらい、油断してろ。いつも気を張ってたら、甘い物も味気ないだろ?」
「…お兄様のお節介も、大概ですわ。まぁ、傅かれるよりマシだと思ってあげますわね」
メグのステップは洗練されている。正式な踊りを習っているからだろう。
しかし、うぬぼれで無ければ、途中から俺の動きに身を任せ、寛いだように身体を揺らしていた。
3人娘で最後はイザベラだった。
自称妹で俺と付き合いが長かったイザベラは真っ先にくるかとも思ったが、イザベラは大好きな甘味も食べず、会場の隅に居た。
全体を眺めているようだった。気になったので、俺は声を掛けることにした。
「イザベラ、どうしたんだ?」
「兄上、お声掛けありがとうございます。…少しだけ、この会場を眺めていました。何度も、何度も、この先思い出せるように…」
そう言えば、イザベラは俺達が王都を去ると告げたとき、一番に涙を流していた。
剣一辺倒かと思えば、天然で、凜々しいが、可愛らしい。例えるなら、青いセアノサス。純朴なのだ、きっと。
「そうだ。折角なので、姉上にしたように誘って頂けますか?思えば、剣の稽古もいつもわたしから誘っていましたので、その分の精算、という事で」
「任せろ。でも、精算なんかしなくていい。今度王都に来た時に、また剣の稽古でも魔術の鍛錬でも、ただのお茶でも誘ったり、誘われたりしようぜ?」
「ふふっ、嬉しいです。兄上。でも、それはそれとして、しっかり今は誘ってくださいね?」
俺の妹たっての頼みだ。上がったハードルも跳び越えて見せよう。
「俺と踊っていただけますか。凜々しくも美しい、青い剣士殿」
「ええ、喜んで。母上のように剣の道でわたしの先を行き、父上のように料理上手な、わたしの兄上」
イザベラは最初はぎくしゃくとしていた。
剣の稽古でお互いの呼吸は分かっていたはずなのに、剣を介さないとこんなにも、不器用になってしまうらしい。どこか緊張も感じた。
だから、稽古のように教えて助言した。曲が終わる頃には息を合わせて楽しむ事が出来たと思う。
「ご指導ありがとうごさいました」
「ああ、これからも、お互い精進しような」
「はいっ、兄上!」
曲の終わりに飛び込んできたイザベラ。その華奢な身体を受け止めた。
俺の腕の中に収まるその小さな体躯に、いつか成長した時は、俺より強くなるかも知れないと思ったのだった。
再会した時、がっかりされないように鍛錬は続けようと決心し、軽くその頭を撫でる。
その短い抱擁の後、腕の中から一歩引いたイザベラは、少し頬を赤らめながらも、凛とした礼を取った。
「兄上のこと、いつまでもお慕いしていますね」
いつもなら、次の稽古をねだる彼女は、続いて淑女のような礼で柔らかく微笑んだ。
いくつか花言葉の紹介。
サルスベリ「愛嬌」「あなたを信じる」
プルメリア「気品」「恵まれた人」
セアノサス「純朴」など




