222.縁と緑の舞踏会⑥。開会の挨拶。
ユディット先生は、懐から取り出した杖を一振りする。
扉は、まるで自動ドアのようにひとりでに開いた。
視線が来る。大ホールの視線が全て、ユディット先生に向かう。扉越しでも聞こえていた喧噪が、静まりかえった。
全ての視線が集まった事を見計らったように、ユディト先生が一礼。その動作に、ため息が漏れたのが聞こえた。隣のエマ先生も同じ動作をしているが、そちらを向いているには、この会場では居ないようだ。
いや、教師が集まる一角から、フレイヤさんが見えた。フレイヤさんはなんだか、この並びが嬉しそうだ。
「……エマ、手を」
「はい、学園長」
見事な動作でユディット先生をエスコートする。
その時になって、エマ先生に気付いたように、いくつかの視線が尖った。
しかし、二人は気にしない。二人は真っ直ぐよそ見もせず、歩み出した。阻むものは居ない。
人垣が割れ、二人の歩みで道が出来た。
「さぁ、わたくし達も」
「ええ、続きましょう」
「行くわよ…!」
その後ろに続くのは、メグ、イザベラ、ライリー。
作りが豪華なドレスを着た幾人かの学園生が、メグを見て目を見開いた。メグの正体を知るものだろう。
しかし、メグは気にした様子もない。三人一列、誰が抜きん出る事も無く、先生が作った道を歩む。
「さぁ、ケツ持ち決めるわよ…!」
「おいコラ、お嬢様」
「……参りましょう。エスコートお願い出来るかしら?」
「ええ、僭越ながら努めさせて頂きます」
猫かぶりモード発動。もう大丈夫だろう。俺達はさらに後ろに続く。
しかし、おかしいな。高等部の方はともかく、中等部生とは『若葉組』の他に挨拶を交わす程度の仲の生徒も何人かいるのだが、俺を見る目に例外なく驚きがある。
「……キメすぎるのも問題ね…」
ナデシコの呟きは、とても小さく、俺以外には聞こえないだろう。
とにかく今は、にこやかなエスコートに徹することにしたのだが、ナデシコに少し引き寄せられた。
……いや、逆では?こういう時、周囲の反応に嫉妬して、引き寄せるのは男の方では?
一団になって、歩んでいくうちに、大ホールの大階段前まで来た。
大ホールは三つの大扉と大階段ががある。
俺達が入って来た正面扉に加え、左右にそれぞれ中等部、高等部に繋がる扉。
それに加え、踊り場がまるでステージのようになった大階段。そこから左右のバルコニーに繋がる。
使われ方は、今日のような貴賓席として使われるらしい。
『若葉組』生徒一同は大階段前で立ち止まるが、教師陣はその階段を上る。
やがて、踊り場に着くと、二人はこちらを振り向き。ユディット先生は一歩前に、エマ先生はその後ろに控えた。そして、杖を取り出すと、自分の口元に当てた。
「……生徒諸君、そして今日、我が学園の求めに応じて足を運んでくださった、栄えある来賓の皆様」
先生の言葉は、会場に響く。風の魔法で、声を遠くまで運んでるのだろう。
「……まずは皆様、日頃より我が学園の教育方針にご理解と多大なるご支援を賜り、心より御礼申し上げる。…皆様の見守りがあってこそ、生徒たちはこうして健やかに、そして誇り高く育っている」
左右のバルコニーへ、それぞれ礼をする。やればできるのか、先生。などど、失礼な感想を持っていた。
「……さて、生徒諸君。
…日頃の厳しい鍛錬や学問から解き放たれ、こうして華やかにドレスや正装を纏った姿を見ると、諸君がこの学園の、そして我が世界の未来を担う宝であることを改めて実感させられる。
…そして、今日は実によい顔をしている、ね?」
ユディット先生は軽く微笑んだ、静かにしている生徒だが、抑えきれない者の感嘆の声が小さく上がった。
「…高等部諸君、急に大規模化した舞踏会の準備、手伝いを受けながらも実現出来たこと、そのことはキミ達の貴重な経験になるだろう。…キミ達はやり遂げた、よく頑張った」
その労いの言葉に、鼻をすするような音が高等部の生徒が集まっている一帯から聞こえた。
「…中等部諸君、キミ達は歓迎されてる。…それは、先輩のみならず教職員一同、同じ気持ちだ。
…尊敬と恐れを一緒にしてはいけない。…今日は楽しむための会だ。クラス年齢問わず、一緒に踊り、交流を楽しみたまえ」
中等部生徒が各々頷いた。
大規模になってしまったが、この舞踏会の目的は交流。三ヶ月である程度固まった関係から、新たな交流を見つける場でもある。
「……さて、早速音楽を、と行きたいところではあるが……。まずは軽食と共に、歓談の時間と行こう。
…王都の各商店から、飲食物の提供を受けている。…各テーブルには、専属の配膳人も着いている。…王都出身でない生徒に、王都の名物を勧めるというのも、交流の一環だ」
配膳人、いわゆるバンケットスタッフを担当しているのは、『エサルカ城』のエルフメイドさん達。
立ち姿が実に見事で、何人かの魔力には覚えがある。フルリスの護衛は専業では無く兼業らしい。
ユディット先生の紹介に合わせ一礼した。
「…後は、もし体調や、ドレスに違和感があったら、会場に控えている者に言ってほしい。…彼らは、いわゆるプロだ。問題解決に協力してくれると保証しよう」
次に一礼したのは、俺の学園での制服にもなっていた燕尾服、従者服を着た女性達。
高等部生では無く、王城から来た職員の皆さんだ。
「……さて、話は一旦、ここまでとしよう。
――これより我がロニア魔法学園の舞踏会を開会する。…存分に楽しみたまえ」
会場に、拍手と歓声が木霊した。




