216.二人の時間。両手で掴んで。
あの後、照れながらも喜ぶフルリスをネリーが撫で、そのネリーをナデシコが撫で、そのナデシコを俺が撫でるという謎の連鎖反応が起こったりもしたが、概ね平和に時は過ぎたのだった。
帰り際、フルリスは赤べこのように何度も頭を下げてお礼を言った。
ネリーはそんなネリーを優しく見守っていた。
そして、玄関からちゃんと入って迎えに来たルスィスさんは、うさぎを抱えたフルリスを見て、一瞬立ちくらみがしたようにふらつき、己腕を強く掴み、意識を保っていた。
王女とうさぎ、可愛い物同士の組み合わせは、顎へのアッパーカットのような衝撃を与えたのだろう。
月明かりの下歩くエルフ一行のお供が、ポンちゃん五世の初任務となったのだ。
「ちょっと意外、ネリーも欲しがるかと思ったのに…。お陰で、ネリー用に作った『もの』、渡しそびれちゃった…」
「当初の予定通り、王都を出る時でいいんじゃないか?」
「そうね…」
ネリーもフルリスに着いて『エサルカ城』に行った今、俺達は一つの部屋で、二人きりの時間の中に居た。
ベッドは二人の重さで、いつもより沈んでいる。
「……ちょっと前さ、姉ちゃんと母さんが同じキャラクターにハマったんだよ」
「うん…」
「で、お菓子のオマケでそのキャラが封入されてるやつがあってさ。まぁ、いわゆるランダム商品だ。
二人で結構な数を買って来たんだが、1つしかそのキャラが入ってなくてな…。
母さんは、迷わず姉ちゃんに譲って笑ってたよ。その喜ぶ顔を見て、な」
「…今日のネリーにそっくりね。そして、私のママにも似てる」
ナデシコが、こちらに体を預けてきた。
「不思議よね。年齢も種族も、世界さえ違うのに、似てるなんて…」
「…ああ、不思議だな」
俺はその肩を抱き、そっと撫でる。その唯一の共通項を、俺達は知っている。
「帰れる見通しが出来たから、かしら。前は、ラケルの時は…暴れるほど寂しかったのに、今は帰ったら何話そっかな、って前向きに思えるの」
「そうか」
「そうよ。そんで、きっと向こうに帰ったら、ラケルのみんなや『若葉組』のみんな、フルリスやネリー達に同じことを考える、って思うの」
「未来予知か?」
「かなり、希望よりの、ね?」
「いいじゃないか、希望の未来」
「レディー・ゴーね」
ヤマトナデシコ大勝利だ。この世界では俺達の間でしか通じないやり取り。それは、世界が変わっても、変わらない。笑みを交わすこの瞬間が愛おしい。
「ところで、ヤマト。世界を手中に収めるって言葉があるじゃない?」
「ああ、知ってるが…。どうした?魔王ごっごでも始める気か?」
「違うわよ。あれって、イメージするのは、両手かしら、片手かしら?」
ここで、言葉の定義としての話をするなら、物理的な手ではなく「自分の支配や影響が及ぶ範囲」を意味する比喩だと答えるべきだ。
しかし、ここは国語の回答欄ではない。あくまで、イメージの問題だろう。
「逆にどっちもイメージしたが、片手の方が、大物っぽいな」
「ふむふむ…」
そう答えると、ナデシコは考え込んだ。
実を言うと、小学生の頃に地球儀でやった事がある。
地球儀の下に手を置いて不敵に笑うなど、ナデシコに見られたら絶対しばらく弄られたに違いない。
あと地球儀でやったと言えば、マダガスカル探し。君のハートに、レボ☆リューション。
「じゃあ、やっぱり丁度いいわね」
「さっきから何の話なんだ?」
ナデシコの話が分からない。しかし、表情を見る限り、楽しそうなのは伝わってきた。
「世界一つは片手で十分。
両手があるから、二つまでなら許容範囲。重くて支えきれなくなっても、一人一つなら全然ヨユー。
二人で居るから、私とヤマトなら、なんとかなるでしょ?
二つの世界を行き来するなんて、余興に過ぎないわ。つまりは旅行同然よ!」
ナデシコの言葉は大袈裟である。大風呂敷で、張り子の虎。大言壮語の大ぼらだ。
でも、不思議と乗っかりたくなる。派手な神輿に人が集まるように。どうしようもなく、惹かれる。
「随分気楽に言ってくれる。どんだけ大変かも分からないのに。…けどま、俺を数に入れたのは大正解だ。俺とナデシコでなんとかしよう」
「そうよ。ま、今ならアーテナイとか、ユディット先生も混ぜてあげなくもないわね」
「それでも足りなきゃ、まだ会ってない、『七天将星』にも手伝ってもらうか」
異世界転移ではなく異世界旅行。そんな未来を夢に見る。
月はもう、随分と高いところまで昇っている。夢の中に近い時間だ。
「頭は私達が張るわよ!」
「ああ、上等だ!」
この世迷い言は、寝言に近い。それでも、俺達は夢中で欲しい未来を語り合った。
そして、そこから、俺達の『この世界』での卒業式までは、あっという間だった。




