208.始祖王の遺産。秘密の理由。
始祖王カアルは晩年、多くの書や記録を残した。
あらゆる物事の理論、法則、定理、様々だ。記録には、戦闘、非戦闘の区別無く広い魔法知識や、動植物や、他種種族の特徴なども含まれる。
残した物は知識だけでは無い。
様々な魔法道具や、魔法により改造した植物など。今の魔法知識でも作り出せないもの、それこそまさに始祖王の遺産。
それらが納められた場所、それこそが『セックヴァベク』。そこに納められし、知識と力は、まさに万能。
万能故に、始祖王カアルは、一つの制限を子孫に課した。
「……入れるのは、生涯一度。一つの知識か、一つの遺産を選ぶ。…資格は、王にふさわしき魔力を持つ物。
…ワタシはこれを、セザール王、祖父の手記から知った」
そう言えば、ユディット先生は、黒竜が現れる直前に、エルフの国『 ルグス』に泥棒、もとい生前贈与に伺ったんだったな。その時、その手記を見たのだろうか。
「わたしのお父様、だね。先々代の王様、になるかな?……わたしを正当な後継とするなら、だけど…」
ネリーは自嘲気味に笑う。ネリーのとっては、苦い思い出、なのだろうか。
夫であるエサルカさんの話をするときとは、まるで違う。だが、ハッとしたように慌てて、表情を明るい笑顔に作り替えた。
「……元々本を頂くつもりだったのでね。…価値ある本は寝室に置く物だろう?
…しかし、その手記しかなかった。…頂く訳にもいかないので、軽く流し読みをしていたら、『セックヴァベク』の記載があったさ」
この先生、怪盗みたいなことしてる…。
「違うでしょ?ユディットちゃん」
「違う、というのは、どういう意味ですか?お母様?」
「ユディットちゃんが『 ルグス』に行った原因は、わたし。
子供が生まれた後、一度顔を見せに行こうとした時、『 ルグス』にどうして近寄れなくて、その原因を探りに行ったんでしょ?」
ネリーの笑顔は明るいままだ。でも、いつもの楽しそうな声では無い。
そうか、一度は和解しようとしたのか。ネリーは……。
「……そちらは、もののついで。…ワタシは己の知識欲のままに、行動したに過ぎませんよ、お母様」
「はいはい。もう…素直じゃないんだから」
計算ずく、嘘も付く、でもその根幹には、思いやりがある。そんなユディット先生なのだった。
「……手記の内容に戻ろう」
その言葉と共に、ユディット先生は語りを再開した。
ネリーの父、セザール・ユグドラシル王は、始祖王の遺産を求め『セックヴァベク』に入ろうとした。
しかし、魔力が足りず、一度は扉に拒絶される。
そこで、臣下の魔力を自分に注ぎ込み、無理矢理突破したそうだ。
そうしてまで求めた物、それは『禁じる力』。
「……おそらく、結界の応用だろう。…お母様が出て行った後、セザール王はより強固に己の考えを他者に強要するようなった。…芸術を禁じ、そして…」
「わたしに、国への立ち入りを禁止した、でしょ?」
「そんな…!」
フルリスは立ち上がった。その表情は当惑。続く言葉は、「酷い」か「あり得ない」か。
ネリーの父だ。悪くは言いたくない。しかし、なんか嫌だ。もやもやとした物が、胸の中に渦巻いた。
しかし、俺とナデシコの口を挟める問題では無い。俺達は沈黙を守った。
「……フルリス、キミに話さなかった理由は二点ある。
…まず『セックヴァベク』の願いを叶える、という点。
…これは、もし知れば、その力に頼る選択肢が生まれる。…例え、フルリスが選ばなくても、知れ渡れば周囲や、伝承されれば子孫に、その選択肢が生まれる。
…おそらく、尋常の力ではないものに、頼る選択肢が、ね」
「もう一つ、わたし、かな。
今の王都に住むエルフのみんなは、お父様…セザール王の圧政から逃れた本人か、その子孫。
でも、将来的に王家の正当性、みたいなものを求めてくる子が出てきたら、正式に拒否されたわたしが女王じゃない、って言う子も出てくるんじゃないかなー、なんて思ってたの」
「……情報のやり取りにおいて『知らない』とは、もっとも有効な防衛手段だ。
…犯罪組織や国家転覆を謀る集団も、一通りは我々『七星将星』と各都市の代表者が掃除した。
…しかし、いずれ復活しなとも限らないから、ね」
エルフ親子の証言の理屈は通ってるように見える。
いま、この世界は犯罪者もほぼ存在しないほど治安がいい。
しかし、かつては謀略や犯罪もあったのだろう、それがある意味、俺達から見れば自然だ。
その理由も理解出来るものである。
だが、感情は?
自分に当てはめて考えれば、あまり面白事では無い。知らないことなら教えて欲しい。親子の間なら当然。知らされなかったのは、信用されていないのでは、などと疑いたくもなる。
「お気遣い、ありがとうございました、お母様、お姉様。今日、話して頂けて、嬉しく思います」
それでも、フルリスは笑った。受け止めてみせた。
「知れて良かったと思います。
そして、この話は忘れることは出来ませんが、意識せずにこれからも王都のエルフを導きたく思います。お母様も、お姉様もご協力お願いしますね?」
「……もちろんだとも」
「うん!任せて!」
二人に微笑み、二人もフルリスに返事を返す。
国、いや、世界を背負う親子には、色々な事情やしがらみがあるのだろう。
それでも、微笑ましくて、ほんの少しだけ羨ましい。
「……ああ、ちなみに、キミ達に話す事にしたのも、人格の見極めももちろんだが、それだけの力があれば、どんな状況からでも撤退できると確信出来たからだ、よ?」
「…逃げ足を評価されたの?」
「イメージ悪いぜ…」
俺達は笑って受け止められず、不服そうにそう返した。
「……さて、これからは、キミ達に関する話だ。…待たせた、ね?」
ユディット先生に俺達を気遣う様子はない。
そこまで気にしてないことも、バレてるらしい。




