205.夏風の中で⑥。薫風。
大の字で演習場に倒れたままのユディット先生から、転がるように離れた。
「私達の勝ちよ…!」
「ああ、なんとか、な…!」
勝利が確定してから初めて、なんとか立ち上がる俺達。膝も笑い、手も震えている。
約二ヶ月前、先生と同じ『七天将星』赤のアーテナイに勝った時は、直後気絶だったので、これも成長かもしれない。
「姉貴!」
「兄上!」
「「…グハァ!」」
「ああ!ライリーとイザベラの頭部がお姉様とお兄様の鳩尾に入りましたわ!」
声が聞こえて振り返れば、二人が飛び込んできた。危うく、意識を持って行かれるところだった。
兄貴分、姉貴分の意地という名のやせ我慢で耐えれてよかったぜ。
「全然、大丈夫だ…」
「…余裕ヨユーよ。三人とも応援ありがとね?」
「もう!ホントに勝つとかどうなってんの!凄すぎるっての!」
「流石でした!」
「お二人とも、お見事でしたわ。心よりお祝い申し上げますわね」
まるで贔屓のスポーツ選手が勝ったようなライリーとイザベラの喜びよう。
加えて、メグも二人と違って落ち着きがありながらも、微笑みながら祝ってくれた。
薄かった勝利の実感が、徐々に湧いてきた。
「ふふん!ねぇ!あんなに落ち着いてるけど、メグってばさっきまで泣いてたのよ!ハンカチで涙拭いてきたら、一歩遅れたってわけ!」
「なっ!泣いていませんわ!そういうライリーは、風で視界が通らなくなった時、見てて恥ずかしくなるくらい涙目で大慌てでしたわ!」
「全員慌ててましたー!エマ先生がしっかり魔法で防いでくれたけど、三人とも慌ててましたー!」
メグはライリーと絡むと子供っぽくなるな。ライリーもだけど。
暴走『アトモスフィア・イレイズ』の時、見学の皆の無事は確認している。とは聞いて居たが、エマ先生が防いでいたらしい。無事で何よりだ。
「やれやれ…、二人は兄上と姉上の前で恥ずかしくないのですか?」
「木剣振り回して応援してたアンタが言うな!」
「エマ先生はおろか、陛下…いえ、ネリーさんにも注意された危険行為ですわよ!」
「バラさないでください!」
なんとも元気が良くて、騒がしい。いや、かしましい、と言うのだろうか?
仲がいいのに喧嘩が絶えない。見ていると微笑ましく、混ざりたくなるような級友たち。
「……三人とも、ありがとね」
「みんなとの特訓がなかったら、多分負けてた。ありがとな」
「「「………」」」
三人が、喧嘩を止めてこちらを向く、その瞳はキラキラと輝き、揺れている。
まったく…これくらいで瞳を潤ませるなんて、本気で感謝を伝えたら泣いてしまわないか心配だ。
「ま!一番は私達が凄かったってことだけどね!」
「よし!特訓の代金代わりに、今回を含めた武勇伝でも聞かせてやろう!」
俺達は胸を張る。腰に手を当て尊大に。そんな俺達に三人娘は呆れたように苦笑する。
「はいはい、すごいのね」
「わたしとしては、それもじっくり聞きたいところなのですが」
「まったく、しんみりもさせてくれないとは、無粋なお二人だこと…」
しょうがないなぁ、みたいな目で見てくる笑顔の三人娘。そうそう、これくらいで丁度いい。
きっと、彼女らにもバレてる。泣き顔よりも、笑ってほしいという俺達のワガママが。
「…やばっ、腰反ったら、フラついてきた…」
「そう言えば、ギリギリだった…」
「あっちで休みましょ?」
「いつの間にか、先生も反対側でエマ先生と休んでいますわ」
「差し入れもあります。飛ばされずに守り切りました」
褒められ待ちなイザベラの頭を一撫でして、歩き出す。
フラつく俺達を途中から三人が支えてくれた。肩を借りて、力を借りて、進む力を合わせて歩く。
一塊になった俺達の背を、初夏の薫風が押した。
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決着直後、双方に大きな怪我はなかったが、消耗は大きかった。
ユディットも生徒一同が騒いでいる間に、なんとか自力で立ち、少し離れることにした。
その際、本来なら一声かける所だろうが、それを故意に怠った。
「……さて、困ったな。…どうにも彼らに顔を見せ辛い。…なぜだろうか?」
「ユディット様……」
その理由を自己分析するユディット。心境は、自身にさえ分かっていない。
その身体を支え、寄り添うエマも言葉を選んでいる間に、壁際に来た。
「うん!ここはお母さん先生がヒントをあげる!」
「……懐かしい響きですね、お母様」
そんな中、場違いな程ノー天気な声掛けをしたのは、ネリーだ。
「生徒に負けちゃうのは、先生としてはちょっぴり恥ずかしいのです。
今のは本気じゃないもんねー、なんて言い訳も浮かんじゃうほど。
花を持たせてあげたんだー、なんて見栄を張っちゃうくらい。
でもね、それ以上に、いつのまにかおっきくなったなーとか、立派になってくれたな、って嬉しくて喜んじゃうの。それからね、ほんの少しだけ寂しい…。
うん、つまり、とっても複雑!
だから、ユディットちゃんは話しかける前に、ちょっと時間が欲しかったんじゃないかな?
なんて言ったら分からなくて、どんな顔をすればいいか分からなくて」
ユディットは思い出す。魔法を習った日々を。
あっという間に比類無き魔法使いになった自分を、最も褒めてくれたのは両親だった。
でも、あれは父より遠くの的に当てた時だっただろうか。
それとも、母が教えてくれた魔法を母以上に使いこないした時だろうか。
撫でられた時間と、抱きしめられた時間がいつもより長かった。
喜んでくれたのだろうと、子供心に思った。
でも、次の魔法を覚えたくて、もう大丈夫、と言った時、僅かに震えた母を思い出した。
「……なるほど、複雑で、不確か。…心、というのは、昔から苦手科目だ、な」
「ふふっ、もう一つ教えてあげるね?…その勉強、実は一生続くのです!
でも、今日は二人だけじゃなくて、ユディトちゃんも沢山頑張ったから、わたしがいーっぱい褒めてあげるね!よしよし!」
「……お母様、生徒と助手の前なのですが…。…おや、え、エマ?…その手をどうするのか、な?」
「わ、私にも褒める権利、あると思います!」
「おー、いいね!一緒にやっちゃおう!」
「……参った……」
ユディットは疲労と消耗で抵抗出来ない。本日二度目の敗北宣言。誤算は、敗北宣言後も二人の行為は続いたこと。
「(……さて、恥ずかしさと心地よさ。…占める割合は…)」
勉強を続ける教師陣を、初夏の薫風が撫でた。




