204.夏風の中で⑤。暴風を破るもの。
自分身体が空中にあることに気付くまで、数瞬かかった。重力の消失?違う、飛ばされたのだ。それも風に。
そして、今は落ちている。演習場の端へ向かって。
「ヤマト!手を!」
「あ、ああ!」
ナデシコがこちらに手を伸ばす。しっかりと握り合い、演習場に降り立つ。とても空中に居られない。
そして、目の前、そこには暴風が柱の如く立って居た。
「……キミ達は、よくやった。…数度、ワタシの予想を超え、非常手段のつもりだった『アトモスフィア・イレイズ』もこうもあっさり使わされるとは、ね」
後方から声が聞こえた。2人で振り向けば、風によって壁に押付けられてるれているユディットが居た。
「なにやってんだ…?」
「…ワタシの最大の誤算は、ナデシコくんの魔法が拘束だけではなく、魔力を分け与える効果まで持っていたことだ。…これは、杖に込められた魔力が暴走している状態、と言えるだろう。
…ちなみに見学の皆の無事は確認している。……まさか、ここまでの規模になるとは…。」
この事態は、ユディットにも予想外のことだったらしい。
その言葉を受け、ナデシコは目を全力で泳がせながら、
「こ、これも予想通りよ!このナデシコは、なにからなにまで計算づくってねー!
…私の杖も、どっか行っちゃったけど…」
暴風の中でも伝わる声の震え。ああ、知らなかったのか。魔法の効果。
深く突っ込むと、俺もぶっつけ本番だということがバレるからやらない。
「……ワタシの杖は渦の中心にある。込めた魔力を吐き出している状態だ。…せめて手の内にあれば、制御も出来るのだが……ワタシの手からは離れている…つまりこれは…」
「先生の負けなら認めないぞ?」
「そうそう、勝負はまだまだでしょ?サガがること言わないでよ?」
ナデシコと意見は一致している。ここで終わりじゃ、あんまりだ。
「……では、風が静まるのを待つ、ということか、な?…確かに、あの状態は長続きは、しないだろうが…」
「違うな、不正解だ、先生。…ナデシコさん、あの凄い魔法をどうしますか?」
「はい、風穴開けてあげます!」
「大正解!」
俺達は、それぞれの『天衣無法』と『開花仙現』を解除した。
直後に踏ん張れなくなり、風にじりじりと身体が押され始める。
だが、構わない。構ってる暇が無いほど、一つの事に集中する。一つにすることに集中する。
「……これは『合体魔法』…属性は…『ウインド』と『ストーン』…!?」
驚く声が聞こえた。そう、この組み合わせは相反する属性だ。
拡散と凝固、堅めながら拡散させる。矛盾している。だが、2人なら使える。
成功は訓練では一回。失敗は数え切れない。
唯一の成功もネリーに監督してもらいながら。
今は消耗もしている。集中出来る環境でもない。
「でも、ここで決めたら?」
「超格好いい、だろ?」
二人の心、考えまで今は一致している。ナデシコの魔力を感じ、俺の魔力を開示し、溶け合わせる。
もう、十分だ。今なら出来る。風に阻まれながら、ナデシコと手を伸ばす。
「「現れろ!『サンドストーム・ドリル』!」」
まず現れたのは、砂粒程の魔力の結晶。それは増える、増え続ける。
やがてその中心に、微かな空気の渦が生まれた。強風の中でもその渦は止まらない。
その名が示す通り砂嵐となった。
そして、俺とナデシコの魔力を食らい、目の前の暴風より鋭利に凝縮されていく。
「「貫け!」」
同時に命令を下す。凄まじい回転、それは加速し、暴風に食い込む。
はじき返そうとする暴風、その風を削り続ける砂嵐。
やがて両者は拮抗し、文字通りの風穴を開けたのは、暴走した『アトモスフィア・イレイズ』により生み出された暴風。
砂嵐は、暴風に打ち勝ったのだ。
「さぁ、先生!」
「行くぜ!」
「…なに?…おぉ…!」
俺とナデシコはユディットの手を引き、砂嵐が開けた道を行く。
妙な感覚だ、先生の手を引いて走るなんて。俺達の世界でも滅多にないレアなイベントだ。
やがて、杖の前にたどり着く。
「じゃ、後はお願い」
「まだ暴走状態みたいだしな」
「……キミ達は、人を頼ることを覚えたようだね。…それは、とても、喜ばしいことだ、よ」
ユディット先生は、勝負は始まってから初めて、表情を柔らかくした。
そして、杖を手に取ると目を閉じた。魔力の暴走を制御しているのだろう。
その証拠に、次第に荒れ狂っていた魔力は、落ち着き、静まった。
風は止んだ。
杖を持った、ユディト先生はこちらに向き直る。
「……さて、キミ達の選択は二つ。
…助けられたワタシの恩を素直に受け取り、勝利するか。
…それとも、まだ戦いたいというワガママを通して勝負を続けるか。
……どうする?」
さて、どうしたものか。ま、勝ちを貰う選択肢はないが。
身体の状態を自己診断する。最悪だ。魔力も体力も切れかけ。
おまけに、ナデシコの杖はかなり遠くに飛ばされている。
仕切り直しにしても、分が悪い。
賢く考えるなら、ちょいと休憩して魔力も体力も回復してから勝負したいところだ。
でも、それ言うのダサくね?
「ワガママ上等!」
「すぐ始めるわよ!」
「……まったく、不正解だ…。…だが、嫌いではない、ね」
俺達は勝負をした。
実はユディット先生も魔力も体力も尽きかけだったというのは二、三度打ち合っただけで、すぐ分かった。
それでも、杖術の合間に飛んで来る魔法は厄介極まりなく、二対一というハンデでようやく、一進一退の攻防が実現した。
「そこよ!姉貴!」
「お兄様!お姉様!攻め時は今ですわー!」
「兄上!今こそ剣を!」
体力の限界、魔力の消耗のせいでギャラリーが近づいていると分かったのも、随分と掛かってしまった。
「三人ともー!がんばれー!」
「ユディット様!頑張ってください!」
先生も俺達も、返答も出来ないほど消耗しきった頃、
――カラン
ユディット先生が杖を落とした。それに手を伸ばすより前に、俺とナデシコは接近する。
「今よ…!」
「ああ…!」
ほとんど、最後の力を使って、ユディット先生に抱きつき、押し倒した。杖を拾わせない為だ。
「………これは……ああ、参った、な…」
10秒のカウントはゆっくり過ぎ、俺とナデシコは、勝利した。




