203.夏風の中で➃。裂風。
「……これは…」
「命名、クレマチス・バインド…。さぁ!綱引きよ!」
ナデシコは繋がった杖を、力一杯引き込んだ。この日初めて、ユディットは体勢を崩した。
クレマチス。その花弁には、葉緑素が含めまれ緑の花を付ける品種もある。つる植物の女王として名高い。
その花言葉は、異世界を旅する俺達によく合う『旅人の喜び』。
そして、もう一つは『策略』。葉や茎に毒を持つ、気を付けるべき花でもある。
「……ワタシも多少、杖の扱いは心得ている」
「空中戦も経験済みかしら!?」
動揺か、時間切れか、上空のつむじ風は収まっている。
そして、力とツバサの推力任せに引く抜こうとするナデシコ。
「……無論だ」
「…!?」
だが、ナデシコは再び動けなくなっていた。
空中、自身の魔法を足場にしたユディットは一度崩れた体勢も立て直し、ナデシコを杖越しに引き留めている。
加えて、地上の俺の動きも把握しているのだろう。俺とユディットの間には常にナデシコが来るように、移動さえしているのだ。
「……技術の差だ。…適切に力を込め、正しく握っている。…ふむ、もうしばらくは持ちそうだ、ね?」
「だったら、もっと…!」
「…では、持って行きたまえ」
「えぇぇぇえええ!?」
ユディットは急にその手を離した。
まるで、デコピンの要領だ。溜めに溜めたその推力は、ナデシコは、飛んでいく。
俺達の勝ち…?…いや、違う!勝利条件は『相手の武器を、破壊か、落として10秒経過』!
手放した時点では、条件を満たしていない…!
「ナデシコ!杖地面に!」
「…ッ!分かった!」
ユディットから目を離して、ナデシコへ叫ぶ。
それに応えたナデシコは、空中でなんとか体勢を立て直し、地面へ羽ばたく。
「『ウインドカノン』」
まるで、目を反らしたのを咎めるように、もしくは見えた勝利に飛びついたのを叱るように。
その背に、否ナデシコのツバサに風の砲弾が迫る。
世界が止まったようだ。心臓の拍動さえ、意識は追い越した。
その砲弾には杖がない状態でも、今までにやった学生間での訓練とは比べられない魔力を含んでいる事が分かった。
ナデシコは、俺より気付くのが遅かった。回避は間に合わないだろう。
俺が間に入れるだろうか?
無理だ。風の弾丸は俺の遙か上空。俺は飛べない。
『桜然閃』で『ウインドカノン』の砲弾は斬れるか?
斬れる。ただし、『ウインドバレッド』のように小型ではない。
斬ったことで軌道が変わり、ナデシコのツバサではなく、その背に、あるいは頭にでも当たるかもしれない。
ユディット先生のことだ。おそらく致命傷や大きな怪我につながる攻撃をしてくるとは考え辛い。
では、なにもしないことが、正解なのか…?
否だ。諦めも甘えも許さない。
考えろ、この状況から出せる最適解を。
思い出せ、今までの学んだ魔法を、技術を、体の動かし方を。
世界の区別なく、時の区別なく、考慮し、答えを出せ…!
出来ないことを、出来るようにしろ!
『水面に映る月が斬れぬ?なれば水面を覆え。水面に月が写らぬ程にな。
月が水面に明かりを届けられぬ以上、それで勝ちじゃ。故に、その技の名を――』
瞬きにも近い数瞬の後、『姫桜』を抜いた。
刀を振る。一度振りぬき、二度返し、三度別方向に振り、四度返す。
四度で終わらず、斬撃を重ねる。一か所に、一面に、水面に集う花弁が作る『いかだ』のように。
「―――花筏覆月!」
その斬撃を束ね、空を滑らせる。そして、それは風の砲弾を止めた。
直後、衝撃が波及する。それも、斬撃の束の向こうのナデシコには届かない。
「うわっと!…ヤマト!ナーイス!!」
「ははっ!…だろッ!」
ナデシコの称賛に笑みを返すが、内心焦りまくりだ。出来てよかった。
だが、魔力の消耗も激しい。ナデシコの着地点に向かう足も、一旦止まった。
「これで…!」
ナデシコは、地面についた。繋がったままの杖の内、ユディットのものだけが地につく。
それは同時に、10カウントのスタートを意味する。
「……終わりではない、よ」
着地点にはユディットが待ち構えていた。いつの間に抜かれたんだ。
確かに、俺の背に居たはずなのに、俺より早く、2人にも気付かれず到着していたというのか…!
「でしょうね!」
しかし、ナデシコは鋭く反応した。
杖を踏み、持ち上げられないようにしたと同時に、自分の杖を支柱に、ハイキック。
俺も、その場に参戦するため、再び足を動かす。三秒あればたどり着く。
対する、ユディットはその場に倒れる勢いで上体を投げた。
俺の知識だと、スライディングが一番近い。
しかし、それは確かに回避になるが、一瞬後には無防備をさらすことに他ならない。
ナデシコが足を振り下ろす、もしくは俺が駆ければ、勝負が決まるような悪手のはずだ。
「『アトモスフィア・イレイズ』」
ユディットの手が、本人の杖に触れた事、その直後の詠唱まで認識した。
次の瞬間、地面から身体が持ち上がった。




