200.夏風の中で①。そよ風。
6の月2日。
「以上で、午前の授業を終わります」
今日はエマ先生が、午前の授業を締めた。
異世界には温暖化の波は来ていないようで、昼前、太陽が高く登ってもまだ涼しい。
そして、ユディット先生が一歩前へ歩み出る。
「……さて、皆も知っての通り、午後はちょっとした催しがある。
…ライリーくん、イザベラくん、メグくん、キミ達の見学を許可しよう。…それから、彼らの応援は許可するが、対戦相手、ワタシへの罵倒や罵声は許可できない。…ワタシは、あまりそういった攻撃に耐性がないから、ね」
決戦前に意外な弱点が分かった。いや、意外でもないな、今までの日々から考えると。
みんなで悪口を言う。クソみたいなクリア手段だ。
「安心して、先生!正々堂々、正面突破よ!」
「じゃ、俺は絡め手担当で、臨機応変にな」
「……ふふ、ああ、楽しみだ、ね?」
微笑むユディット先生。対戦前のフェイスオフなのだから、睨んでくれてもいいのに。
図に乗るな人間、とか言われたら戸惑うが。
教室から出て行く先生達を見送った後、俺達の周りには、三人が集まる。
「いよいよね!」
「ついに、ですね…!」
「わたくしも緊張して来ましたわ…!」
三人とも随分、気が立ってる。
我がことのように考えてるのは有難いことだ。
「で、お昼ご飯どうする?」
「軽めにしときたいよな」
「でも、しっかり食べた方が力出るじゃない?」
「悩みどころだな…」
「落ち着きすぎですわ!」
「どこで悩んでるのよ!」
「……真面目にやってください」
ライリーとメグのツッコミは普段からよく聞いているが、イザベラの冷たい目線は久しぶりだ。ちょっと怖い。
「いや、これは脱力といって、本番に備え、力を抜いてる状態なんだ」
「なるほど、流石兄上」
「切り替え早っ!信用しすぎよ、イザベラ…」
あっという間に、従順な妹になってしまったイザベラにライリーも呆れる。
「いいこと?私達は常に最高なんだから、通常状態が最強形態よ」
「お姉様の言いたいことは、普段通りが一番、ということですの?」
「イグサクトリー、その通りでごさいます」
ナデシコの言葉を正確に訳せるメグ。世界をまたぐ通訳者だ。少なくとも外交面では王国は安泰だな。
「よし、俺達の家で飯にしようぜ?」
「実はいい感じの作り置きがあるのよ」
「……まったく、素直に誘いなさいよ」
「兄上と姉上の料理、楽しみです」
「お礼は皿洗いでよろしくて?」
五人で一緒に歩く。呆れる程にいつも通り。『若葉組』は平常運転。
一つのゴールに向けて時刻が迫っていても、変わらない。変えたくない。
「おかえりー!ちゃんとみんなを誘えたんだね!二人とも!」
「ただいま。…いきなりバラさないでくれる?」
「ただいま。流石に恥ずかしいな」
借家に戻れば、元気なネリーがいる。今日はエプロン着用、新妻スタイル?
プリンが効いたのか、昨日の朝には元通りだった。
そのまま、修行の監督もやってもらった。本当に頼りになるスーパー家政婦だ。
「この光景を見慣れたことがちょっと怖いですわね」
「公共の場で見ても、エプロン姿がダブって見えそう…」
「食後の甘味はありますか?」
「あるよー。イザベラちゃん、おいでー」
「はいっ」
孫かな?…いや、年の差はそれ以上なのだが。イザベラを筆頭に、三人は家に招き入れられる。
俺達も入ろうとしたとき、ネリーがこちらを向く
「あ、ちなみにわたしも今日は見物にいくよ。特等席で見たいからね!」
「心配しなくても少人数で貸し切りよ」
「というか、報告なく来ると思ってた」
「信用が痛ーい」
保護者参観、ただし先生の。カオスだ。
「ま、フルリスが来たら流石に驚くけどね」
「いや、昼間は忙しいから無理だろ」
「あ、今日は午前中で公務を終わらせるって言ってたよ」
「「………まさか、ね」」
こう言った勘はよく当たるが、確認したほうがいいだろうか?
いや、まぁ、今更だな。保護者参観兼、天覧試合になってもいいだろう。
その後、皆でご飯を食べた。
メニューは米をスープで煮込んだ『おじや』。
「なるほど、消化にいいものですのね」
「勝負前には丁度いいんじゃない」
メグとライリーは感心した様子。
元ネタがあるとは言わない方がいいだろう。わざわざ株を下げたくない。
あと、バナナと梅干しはない、残念ながら。
「そう言えば、甘味はなんですか?」
「はちみつレモンだよー。食べ終わってからね?」
慌てん坊のイザベラと、皆を微笑ましくみるネリー。
食後の甘味は、はちみつレモン。酸味と糖分補給。これも勝負飯だな。
沢山作ったので、観戦しながら食べてもらってもいい。量を食べるものでもないが。
「さて、準備完了」
「覚悟も完了ね!」
昼食を食べ終わった俺達は、自室にて動きやすい冒険者服に着替え、借家を出た。
俺達を先頭に歩む姿は、冒険者パーティーに見えるだろうか?それとも仲良し6人組?
「ねぇ、イザベラ。ホントにそれ持っていきますの?」
「はい。勝負の後に兄上と姉上に差し入れます」
「作った本人に渡すのを、差し入れと呼ぶのかしら?」
「はりきっていこー!」
おそらく後者よりだろう。
はちみちレモンのタッパーを持ったイザベラと、顔隠し用の日傘を差したネリーから夏の気配がする。
「それにしても、いい天気ね!」
「ああ、勝負日和だな」
そよ風が背中を押す。『世界樹の若木』が、若葉達を風に乗せて飛ばすように。




