196.花ちれる 水のまにまに とめくれば 山には春も なくなりにけり
夜、今日は一緒に寝るというナデシコとネリーに就寝の挨拶を告げ、部屋で一人、ベッドに腰掛けて窓越しに月を見る。
異世界の月も、俺達の世界と変わりない。不思議に思ってたのも、もはや懐かしい。
手には『姫桜』を握っている。
イングリットさんの剣や言葉を思い出していた。
「理想の具現…。憧れを剣に写す、か」
思わず呟いた。ナデシコ命名『理想付与』。理想。俺の理想とはなんだろう。
決まってる。ナデシコと元の帰ることだ。そのために、刀をとって、魔法を覚えた。
だがそれは、理想の結果に過ぎない。
約二ヶ月。多くの人と関わった。ラケルの人々、ロニアの人々、地元の高校に通っていたら、知り合えなかった人々だろう。
帰るときは、逃げるように帰るのではなく、彼らに大きく手を振って、またな、って言いながら帰りたい。
これも理想の結果だな。
理想、考えうる中で最も完全で、そうあってほしいと願う最高の状態。
哲学的になってきた。そうではない、あくまで武器に求める理想の話であったはずだ。
俺が求めるのは、絶対に折れない刀だろうか、どんなものでも斬れる刀だろうか、それとも軽くて早い刀だろうか。
しっくり来ない。あればいいな、とは思う。
でも、もしも、『姫桜』より丈夫で斬れて軽い異世界の武器があったとして、それを『姫桜』と交換しよう、などと言われたことする
それでも、俺は『姫桜』を選ぶだろう。
『姫桜』には、俺とナデシコ、二人の思い出が詰まっている。
俺とナデシコの約10年間の内、『姫桜』と過ごしたのは1年程度だろうが、どんな武器より優先すべき事だ。
「そう言えば爺さんに『姫桜』を貰った日も、ナデシコの方が喜んでいたな」
確かに、金銭的にも物理的にも重い贈り物だったが、自分の刀という事実に高揚感が無かったと言ったら嘘になる。
連鎖的に思い出す。手入れに苦戦したこと。刀の由来や、剣術を調べたこと。
いつも、ナデシコが隣りにいた。それはそうだ。『姫桜』はナデシコの家にあるものだし、普段からナデシコと行動を共にしている。
ナデシコの隣り。
異世界に来て、ナデシコ程動揺しなかったのは、例え知らない土地であっても、ある意味いつも場所だったからかもしれないな。
イングリットさんが己の剣を護るための剣と定めたように、刀に『姫桜』に理想を写すなら、俺はナデシコの隣に居れる刀がいい。
ナデシコを護る堅さが欲しい、どんな障害でも斬れる強さが欲しい、どんな危機にも駆けつけられる早さが欲しい。
『――まったく、強欲よな』
聞き慣れたようで、聞き慣れない声がした。
視界は暗い。月明かりも見えないが、不思議と恐怖はなかった。
『しかし、支離滅裂な自己問答をしながら眠りに落ちるとはの。これも思春期、というやつじゃな』
老獪な口調なのに、声は妙に生意気だ。
こちらを見透かかしてるっようであり、興味深げでもあった。
『ふむ、この夢うつつの状態なら、このまま寝てもこのまま起きても、夢落ちで済ませるじゃろ、多分。
どれ、助言でもしておくかの』
あと、多分うっかりなやつだ。その場のノリで動いてる雰囲気がある。
『な、なんじゃと!?』
俺とナデシコに似てるな。
『まぁ、ならばよいか…?ふむ、では、よく聞くがいい。そして、しかと……いや、はっきりと覚えられても困るのぅ…。心とか頭の片隅にでも、そう言えばこんな話聞いたな、程度に刻むがよいぞ』
注文が多いな。あと、前置きはいいから、助言とやらをくれ。
『やれやれ、ほぼ無意識下だというのに変わらぬやつよ。
よいか。護りながら攻める、とは出来よう。だが、止まりながら駆けることは出来ぬ。
なればこそ、攻めの技、護りの技、駆け抜ける技が生まれたのじゃ。
理想を一度に実現など、10年早いわ。まずは、そうじゃの…、愛する者を守れる己を理想としてみよ。
鍛錬は必要であろうが、答えはすでに己が内にある』
うーん、もう一声。
『いや、妾、かなりいい感じの助言が出来たと思うんじゃが!?』
うん、いい感じだった。だからもう少しヒントをくれ。
『おのれ現代っ子め!というか、そもそも、魔法なんぞに苦戦するでない!
魔法何某も何かに触れ干渉出来る以上、こちらから干渉出来ぬ道理は無いわ!
いかに強かろうとも、水面に映る月が如き実体を感じられぬものでもな!』
なるほど。
すこし、ヒートアップしてしまっているが、たしかに道理だ。
『水面に映る月が斬れぬ?なれば水面を覆え。水面に月が写らぬ程にな。
月が水面に明かりを届けられぬ以上、それで勝ちじゃ。故に、その技の名を――』
ガクン、と首が揺れた。
慌てて、周囲を確認すれば、そこは借家の俺の部屋だ。
「いけね…変な姿勢で寝てた…」
色々考えている内に、寝落ちしてしてしまったらしい。『姫桜』も持ったままだし、これは危ない。
『姫桜』をきちんとしまう。
何気なく窓辺を見れば、月は見えない。すでに窓の枠外に行ってしまったのだろう。
カーテンも閉めれば、部屋は暗闇だ。月明かりも届かない。
「花筏覆月、か。……ん?」
なんの言葉だ、これ?
題の短歌の現代語訳。
花が散って流れている川をさかのぼって、花を求めて来たところ、山には花もなく春さえもなくなっていた。
歌人・清原深養父
次回、学園編、第六節『円舞曲を止めないで』開始します。




