189.斜陽の報告会。ナデシコの修行。
夕刻、一日がかりの修行を終え、いつもの借家にてお互いに報告会と相成った。
「で?その後は旦那さんが不在の家で美人人妻に修行を付けてもらった、と」
「いかがわしい表現やめてね?後、イザベラのお父さんは今日は王城で外せない食事会の調理担当だとよ」
ジト目のナデシコにしっかり訂正を入れて置く。
最初の三本勝負の後、イングリットさんから指導を頂いた。
ついでに旦那さんが作ったという作り置きの料理も、美味しく頂いた。
ちなみに、作り置きを温める際に、イングリットさんが弱火で5分と書かれた書き置きを見て、
「では強火で1分程でしょうか?」
と呟いた時には戦慄が走った。
年上に説教かます訳にはいかないので、イザベラにはこういう書き置きの火加減や時間はしっかりそのまま守るように、と話しておいた。
閑話休題。無駄話もここまで。
行った修行としては、イザベラとの練習試合をやって、立ち会いでの立ち位置や間合いの取り方などアドバイスを受ける。後は、魔力運用方法の指導を受けた。
特に付与に関しては、イングリットさんは俺よりはるか先を行く。
「なるほどね。それで、その『理想付与』は見せて貰ったの?」
「ああ、体験させてもらったさ」
「結果は?」
「魔法は綺麗に真っ二つ。そのあと、新品の木剣が10分でお釈迦なった。ちなみに、イングリットさんはその場から一歩も動かず、だ」
「イングリットさんが迎撃だけで?」
「いや、10分間、俺がひたすら打ち込んで、だ」
「……わぉ」
流石にナデシコも冷や汗を流す。
もし実戦になれば打ち合い避け、身体に刀を当てるしかないのだろう。
イングリットさんの技量を越え、かつ魔法も構わず切り払ってくるあの人の、あるか分からない隙をついて。
『王都騎士学校の歴史の破壊者』、『騎士団長もそっと目を反らす』。
なるほど、メグの言ってた評価も納得だ。倒すならアーテナイかユディット先生を連れてこよう。
スマホゲームの、フレンドという名の廃人プレイヤーの貸し出しデータに頼らなければ、到底勝ち目のないエネミーのようだ。いや、敵ではないのだが。
「ん?木刀は使わなかったの?」
「使おうと思ったけど、止められた。確実に壊れるからこちらを使ってください、ってな」
「私達の世界なら仕込みを疑うところでしょうけど、イングリットさんの伝え聞く性格からすれば、そんな事はなさそうね」
「ちなみに弁償は断られた」
「ますます無いわね」
善意の体験会だった。だが感じたのは壁だ。それも見上がる程に大きな。
そう、実に登りがいのある壁だった。
食卓の上で握りしめた俺の拳に、ナデシコがそっと手を置いた。
「出来る?」
「…至る」
「信じる」
「助かる」
短い単語で会話は成立した。後は重ねた手から伝わるナデシコからの信頼に応えるだけだ。
「ああ、最後に一つだけいいかしら?」
「ナデシコって、細かいところが気になるのが悪いクセだったけ?…まぁ、いいけど」
「結局なんで朝指定だったの?」
「イングリットさんは旦那さんと休みの日が合わないと、昼前から夕方にかけて気分が沈むらしい。
朝だと比較的平常通りだからイザベラは朝がいいって言ったみたいだ」
「……可愛い理由ね」
「だな」
実際、修行を付けてくれている間も、時おり王城の方を見ていた。
俺にはそのくらいしか分からなかったが、気分の方はイザベラが教えてくれた。
夕方を以て修行を終わりとしたのも、一度浴室で身綺麗になって旦那さんを迎えるためだとか。
もちろん、俺はこの事情を聞いた後、イザベラに他の人には言わないようにしっかりと言い含めた。
「さて、一休みも終わったこだし、晩ごはんの準備でもしましょうか?」
「そうだな。じゃあ、一緒に作りながらでもいいから、聞かせてくれ」
俺は目をやる、居間の椅子に全体重をあずけ、指を一本動かすのもダルいといったように、ぐでんぐでん伸びてしまった、我らが友人兼、スーパー家政婦兼、家庭教師に。
「ごはんはねー。わたしは、あまーいのがいーい…」
「魔力切れになりかけのネリーについての話を」
「まぁ、張り切ったのよ。一言で言うとね」
そこからナデシコの話は始まった。
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休養日の朝、王都は人通りが少ない。魔法学園は特に顕著だ。
今学園に居るのは、休養日返上で研究似打ち込む熱心な教師か、交代勤務で務める学園の従業員。
学生でも、事前申請か守衛の許可がないと入れない。
ちなみに、立ち入り許可理由、不動の一位は『忘れ物の回収』だ。
世界変われど、年頃の学生はそう変わらないようである。
しかし、事前申請をすっ飛ばし、学園長の許可を直接取り付け、学園内の一番広い演習場が押さえられた。
「初めて来たわ。私達、5人クラスだから大きい場所は他のクラスが使ってるのよね」
「わたし二回目!落成式の時にユディットちゃんが案内してくれたんだー」
ナデシコは、その少し古めな演習場の落成年はいつだったかと思ったが、考えるのを止めた。
エルフとの付き合いのコツを徐々に掴んでいるナデシコでだった。
ともかく、本日、学園の一角は貸し切られた。
書類はユディットが用意したので、爆速で受理されたことは二人も知らない話である。




