188.理想をここに。守るための剣。
「お見事です」
イングリットさんに動揺は見えない。
半ばから斬られた木剣を軽く振って、再び構え直した。
「…剣、変えないんですか?」
「そう言えば、武器が壊れた場合を定めてませんでしたね。
この場合、私の敗北になるのでしょうか?」
イングリットさんは構えを解いて、首を傾げた。イザベラと同じ角度だ。
……いや、でしょうか?って聞かれても。でも、そうだな……。
「出来れば、万全な状態を見せてください」
もっと見たい。技量で俺の上を行くイングリットさんの剣を。
「……ヤマトくんは、少しだけ娘に似ていますね」
「光栄です。母上」
力を抜いたように微笑むイングリットさんに、イザベラが応える。
これ、褒められてるってことでいいのだろうか?
それとも、俺もマイペースと思われてるのでは?
「少々、お待ちください」
イングリットさんは、木剣と地面に落ちた切れ端を持って、家に入っていった。
そして、数分の後に新たな木剣を腰に差してきた。
「この三本勝負、ヤマトくんがどの程度のものかと見極めるつもりで挑みましたが、それは誤りだったようですね。私こそが挑戦者という自覚を持ち、全霊を賭しましょう」
そして、ジャケットを羽織っている。濃い緑のそれは、ただの服のはずだ。
なのに、先ほどと纏う気配が違う。剣の如き鋭さから、盾のような堅牢さへ。
ただの服ではない、のか?
「母上、王室護衛官を制服を持って帰ってきていたのですか?」
「いえ、これは似たもの選んで購入したものです。言わば自宅用ですね」
職場の制服の自宅用?……妙だな。
しかし、イングリットさんにどんどんイザベラとの共通点、天然ぶりが出てきた。
ツッコミ要員のメグとライリーが休みであることが悔やまれる。
「ですが、擬似的であれ、これで私の全霊をお見せ出来ます」
「すいません。さっきから言ってる全霊って?」
もう俺がツッコミを入れるしかあるまい。
「まず魔法を剣で斬る方法などありません。あれは結果として、魔法を斬る形になっているだけなのです」
「結果として…?」
魔法を斬る事は、『何か』の副産物、ということか?
「付与には、先ほどヤマトくんがやったように、特性を付与する特性付与があります。
イザベラ、貴方もここ一ヶ月程、訓練していますね?」
「はい、母上。その特性付与も授業で聞きました」
「丁度よかった。では、詳しい説明は省きます。
武器に対する特性付与、それを突き詰めるとどうなると思いますか?」
突き詰める…。『耐久特性付与』や『斬撃特性付与』。これらで考えれば……。
「絶対壊れない武器や、絶対に斬れる武器、ですか…?」
「そう。その域、まさに使い手にとっての理想の具現です。
無論、現実は魔力の許す限りという制約と己の力量の範囲内という制限は付きますが」
理想の具現。では、つまり……。
「『何でも斬れる剣』。それを理想としたとき、副次的に魔法を斬れるようになった…?」
「ええ。理論は正しいです。
ですが、私が理想としたのは『護衛官である私』。
『どんな攻撃をも防ぎ、守り抜く』という子供じみた憧れを、魔力に乗せて剣に写したのです」
理想や憧れを、剣に写す。言葉を頭の中で反芻する。
気剣体一致。
心、剣の動き、体の動きの3つが完全に1つになった瞬間に、正しい打突が生まれるという教え。
日本の剣道における最も基本的な根幹の教え。
兵法の道、直なるを以て本とす。
剣の道の根本は、ひたすらまっすぐで歪みのない素直な心を持つことであるという教え。
宮本武蔵が著した兵法書『五輪書』に記された一節。
即ち、剣と心の一体化。
異世界と俺達の世界、極めた先の答えは一緒、なのか。
何かが掴めそうだった。そして、イングリットさんは言葉を続ける。
「というわけで、好きな格好で剣を振るうことは重要なのです」
結論がド天然。
掴みかけた何かが、こぼれ落ちそうだった。
「そして、イザベラ。私の後ろに立ってください」
「……母上?」
「王室護衛官としては不謹慎ですが、貴方が後ろにいれば母は絶対に負けません。
ええ、イザベラ、貴女を誰より愛する故に」
「母上!」
イザベラは小走りでイングリットさんに近づくと、そのまま抱きついてしまった。
引き剥がすことも出来ず、イングリットさんは困ったように右往左往。
やがて、俺の視線に気付くとすこし照れながら。
「私の負け、ということで」
「いや、俺の方こそ参りました」
三本目、無効試合。
格上に引き分けたと言えば、格好がつくだろうか?




