187.剣と刀。絡め手。
「手合わせ、といっても真剣勝負ではなく練習試合です。適度に、行いましょう」
「受けて立ちます」
庭に呼び出された俺が挑まれたのは、三本勝負。
武器は木剣と木刀。
防具は無し、身体強化無し、急所への攻撃無し、付与可、降参か武器を地に落とせば負け。
イングリットさんも元々パンツルックで動きやすい服装だった。上着を脱ぎ、剣帯と木剣を準備したのみだ。
俺もベストを脱いだだけで準備は完了した。
「着物、お預かりします。兄上」
「ああ、ありがとう。イザベラ」
「…ご武運を」
イザベラに荷物とベストを預ける。イザベラからの応援に何か答えようとしたが、その余裕は無くなった。
再び、圧が、イングリットさん曰く気がこちらに向いたのが分かった。
「お互いに準備が整ったようですね」
「はい」
木剣を腰に帯剣したイングリットさんと対峙した時、感じた印象は鞘に収められた真剣だった。
今は抑えられていても、研ぎ澄まれたものの気配が漏れ出ているような威圧を感じていた。
「イザベラ、合図をお願いします。それから、よく見ているように」
「はい。母上」
イザベラを審判に見立て対峙し、俺が木刀を、イングリットさんが木剣を構えた。
俺が取るのは正眼の構え、相手の出方が分からない以上、まずは見る為の受けの姿勢。
突きと打ち込み、どちらにも派生出来る。相手から見れば攻めにくい姿勢の筈だ。
イングリットさんも木剣で中段の構えを取る。体重を乗せた一閃を繰り出せる攻めの構えだ。イザベラもよく同じ構えを取る。
この構えはまず、初太刀で決着を決めることも可能な一撃を放つ。相手が回避しても切り上げの追撃、受けられても蹴り等の体術に派生する厄介な構えだ。
「…母上、兄上。三本勝負、一本目を始めます。よろしいですね?」
「ええ」
「…ああ」
「それでは、……始め!」
ジュッ、という庭草が擦れる音が耳に届くと同時に、目の前にイングリットさんが居た。
目は離して居ない、はずだ。しかし、その踏み込みは時間が飛んだような感覚さえしたほどだった。
だが、剣に対する反応は間に合った。
右からの打ち下ろし、即ち右袈裟斬り。身体は避けられる、しかしイングリットさん狙いは最初から木刀だった。
――――カンッ!
木剣と木刀、魔力の付与により強化されたそれは、甲高い衝突音を奏でる。俺の手に痺れがくる。
アーテナイとの鍛錬、受ければ即ち負けの重い一撃をなんども受けた。
だが、重さで言えばそれほどではないイングリットさんの一撃は、ひたすらに鋭い。
故に、流せる。
俺はその剣と打ち合わない。手首の力を抜き、一歩踏む込む。打たれた木刀が倒れる勢いまで借りて。
そのまま身体を翻し、反撃を打ち込もうとして、ふと気付く、木刀が手の中に無い。
「そこまで!!」
木刀が空を舞っている。
「……!?」
「まずは一本、ですね」
俺の漏らした息と、木刀が地面に突き立つのは同時。目の前のイングリットさんは、剣を振り上げた姿勢から自然な構えに戻った。
最初の手合わせ、その一本目は、その結果は決定的な敗北で幕を閉じた。
「母上、今の技は…」
「今は勝負の最中。後で教えましょう」
「…すみませんでした」
イザベラの興味深げな問いも、イングリットさんは切り捨てた。ユディット先生なら中断して、細かく解説し始めてたかもな。
そして、俺はその間に剣を拾い、再び構えた。
「ヤマトくんは、あまり驚かれないのですね?」
「今は勝負の最中、なんで」
「…そうでしたね」
動揺がない訳では無い。だが技に関しては、知っている技だった。
巻き技。剣道の剣技だ。円の動きで剣を絡め取り、相手の手から落とす技。
俺の手の痺れ、衝撃を逃がすことまで読んで、力が抜けた一瞬の内に絡め取られたのだ。
イザベラの剣術はこういった絡め手はない。それにイザベラが質問をしていたということは、まだ教えていない、という事だろう。
「……すぅ…ハァー」
深く息を吸い、吐く。
おそらく、アレは警告だ。受けに回ればこうなるという。
攻めるしかない。技量は相手が圧倒的、早さも魔力無しだとあちらに分がある。
しかし、背丈や筋力では勝っているはずだ。
では、スタミナはどうだ?付与魔法の工夫は?
目の前で、イングリットさんが構えた。先ほどと同じ構えだ。
思考を中断し、目の前に集中する。
「二本目、……始め!」
開始と同時に、切り上げと同時に踏み込む。
先ほどのイングリットさんは、踏み込んでから、切りつけてきた。
だったら、こちらは踏み込みと切りつけを同時にやらないと追いつかない。
――――カッ!
「…ほぅ…捉えましたか」
「…くっ!」
衝突の音は先ほどより軽い音だった。そう、俺の攻撃は受け止められている。
切り上げと、打ち下ろし。態勢も不利。徐々に押し込まれる。
だが、ここではっきりと分かった。
筋力の差は体勢が互角ならやや俺の上、そして、魔力量。
そう、魔力なら俺が上だ!
木刀に込めるのは斬ると言う意志、斬撃特性付与。
俺ごと押しつぶされそうだった木刀が、少しだけ木剣に食い込んだ。
「斬るッ!」
木刀を引く、押し上げるのでもなく、逃がすのでも無く、自分へ引き戻す運動だ。
木刀と木剣の間に、火花が散った。否、正しくはその火花を散らしたのは木剣のみ。
「そこまで!!」
木剣は半ばから斬られ、地に落ち、庭に草を揺らした。
二本目、勝者は俺だ。




