137.学園図書館棟。司書、フレイヤ。
図書館棟、学園の一角を成すこの場所は、女学園たる王都ロニア魔法学園において、珍しく男女比の釣り合うが取れた場所だ。つまり、俺がいても注目される事も無い。
見慣れた背中を見つけたので、声を掛けようとしたら逆に見つかった。
「やぁ、従者のヤマトくん。主のナデシコちゃんも連れず、今日は一人でサボりかな?」
「今日は女子限定の授業の最中なんで」
俺とナデシコは、魔法の修練の傍ら、この図書館で帰還の手掛かりになるものがないか、片っ端から調べていた。
そんな時、声をかけて来たのが、このフレイヤさん。この図書館棟の司書である女性だ。
この図書館棟、俺達の世界のようにしっかりとした分類がされているわけではない。関連図書を調べようとしても、近くに無いのはザラだ。
しかも、貸し出し返却もないので、利用者が棚に戻す際に間違うこともある。
関連書籍をまとめた棚を作ったり、誤った場所にある本を本来の場所に戻す管理業務。または、図書館を見回り傷ついた本を修復したりもする。それが司書のお仕事なのだそうだ。
「そっか、いやー辛いね、ヤマトくん。今日もいつもの?」
「はい、『移動や場所に関わる魔法』か『別の世界について言及された』本で、読んだことがないものがあったら、お願いします」
「はいはい。丁度この棚にも一冊あるわよ?」
「ありがとうごさいます」
「どういたしまして」
そして、今のように、リクエストに応じて本を紹介してくれたりもする。とは本人が言っていたが、サービスだろう。現に、俺とナデシコの他に利用している人を見たことが無い。なぜそんな贔屓されているかと言えば、
「そんで?ヤマトくん達のクラス、なんか面白いことあった?」
「エマ先生が学生時代に実技実習で転んだ事を、ユディット先生にバラされてました」
「エマったら、慌ててたでしょ?」
「そこは本人の名誉の為に黙っておきます」
「ふふっ、ありがとう。いいネタになるわ!」
フレイヤさんはエマ先生の学生時代の友達なんだそうだ。今でも茶飲み友達なのだとか。
「はい、私が質問した事の口止め料代わり兼、私も食べたケーキのお代にもう一冊。要約も挟んでるから参考にしてね。これは取引だからお礼は不要よ。またね」
そんな言葉を残してフレイヤさんは去ってしまった。そして、手元に残ったのは、二冊。
最初に渡されたのは各地の言い伝えや伝承をまとめた本。開かれた状態で渡されたが、そこには神隠しの伝承が乗っていた。
もう一冊は、エルフにおける結界魔法の概論だそうだ。要約もあるので、この紙は持ち帰ろう。
興味深い本だ。俺達の事情も聞かないし付き合いやすい。いや、ただ一点だけ難点が。
「あいつ……またフレイヤさんに……」 「…いつも女の子といる……」 「…僕達のマドンナに……」
ほんの少しのやっかみが聞こえる。フレイヤさんは美人なのだ。視線を送ると慌てたように反らされるので、悪意では無く、嫉妬だろう。ぐるりと見渡せば、視線も消えたので、自習室に向かう。
「流石に、午前中は空いてるな…。学園は授業中だし…」
小さな呟きが漏れた。その時、近くの人から目線が来た。慌てて頭を下げる。図書館ではお静かに、それは二つの世界で共通だ。
フレイヤさんと話した、入り口付近では談笑している人もいたが、奥にある自習室では紙をめくる音と筆記具を紙に走らせる音だけが響いている。
空いた席を確保し、本に目を落とす。先に一冊目の伝承から確認しよう。
村の若い男が、山仕事からなかなか帰ってこず、あわや魔物に襲われたかと皆が心配した。
そして、数日後、酷く慌てた様子で帰ってきた。
本人曰く、上下左右がめちゃくちゃな奇妙な所、まるで別の世界からやっとの思いで帰ってきたらしい。しかも、男の認識では数日では無く数時間程度。見れば、汗で衣服は汚れているものの、髭も伸びていない。
疑った村人もいたが、行方をくらました場所を確かめると、魔物の巣があり、皆、驚いた。
結局、この村では以降、山仕事は二人一組になったとさ。要約するとこんなところか。
これ浮気か何かを誤魔化して結果的に魔物の巣が見つかっただけでは…、などと眉を潜める結果になった。一応、その伝承が残ってる地名等をメモして残しておく。
そう、ご覧の通り、いつも空振りだ。念のため、他のページも軽く確認していくが、大体教訓ものか、魔物の発生場所が分かった、という結論で終わっていた。
若組の授業は、基本一時間一単元だ。まだ一冊目だが、そろそろ戻るか。
結界魔法の概論、これは一度、ユディット先生に質問をぶつけてみるか。手掛かりになりそうな手応えがあれば、自分たちで再度検証…。要約は、ナデシコと回し読み……。
頭を回転させながら、貰った要約と自分のメモ、それから本を持って立ち上がる。静かに自習室を後にした。
帰り道、また入り口付近で、フレイヤさんと出会った。
「おや、早かったね」
「次は普通の授業なんで」
「そうかいそうかい、だったら棚には私が戻しといてあげよう」
「助かります」
「うんうん、学生は先生を頼るのが仕事だよ?…ま、何か訳ありだろうけど、頑張ってね。それじゃ」
周りから慕われる、というか、憧れの目を向けられるものよく分かる。気持ちのいい姉さん振りだった。
「…一日に…二度…!」 「…いいなぁ…」 「…僕も、声を掛けようかな…」
勝手にやってくれ。俺は図書館棟を後にした。




