132.器用さ。不器用さ。
「おいしいわね!からあげもご飯も!」
「ああ!茶色いおかずに白い飯!最強だな!」
俺とナデシコはもりもりご飯を食べていた。本当ならご飯をかき込みたい所だが、もったいない精神で一粒一粒を噛みしめて食べている。一度に30回咀嚼するのが健康にいいとされるが、今日は確実にそれ以上噛んでいる。
「二人とも、涙のあと、残ってるよ?」
「「な、泣いてねーし!」」
「どんな強がりですか…」
強がっていない。ただ、目元がかゆいので袖で擦る。全く、一ヶ月と少しで深刻な米不足症状が出るとは予想外だ。ホームシックなどではない!
「うんうん、そうだね…。ヤマトくんもナデシコちゃんも泣いてないね」
ネリーの口調と表情は優しい。やめてよね、そういう分かってるよ、みたいな表情。自分が酷く子供じみて思える。
目を反らしながら、からあげを口に運ぶ。表面の温度は落ち着いたが、内側からは熱い肉汁が零れる。思わず強ばった表情が解れる。見ればナデシコも頬に手を当て、味わっている。
「それにしても、二人とも器用ですね」
「ん?ああ、箸のこと?」
こちらの世界は一般的に、フォークとスプーンそれから手だ。スプーンは汁物、フォークはおかず、主食は乾いたパンだ。他にも、串料理も手で食べる。食前には祈りの他に手洗いも習慣化されている。
普段は、こちらの流儀に合わせているが、米には箸だ。ちなみにネリーとフルリス様はフォークで米を食べている。
「『地元』の伝統的な……カラトリー、って言えばいいのか?」
「食べるときに使う道具ね」
「串みたいだから、刺すのかと思ったよ」
刺し箸か、こちらには箸に関するマナーが無いとは言え、以前からの習慣で、そう使うのは躊躇われる。
「挟んだり、掬ったり、興味深いです」
フルリス様はそんな箸に興味津々らしい。
「ふふっふ、箸さえあれば骨ごと焼いた魚を、綺麗に解体できるわよ?」
ナデシコは魚の食べ方が上手い。誰かと話しながらでも見事な解体ショーを披露することが出来る。俺も真似したり教えてもらいながら身に付けた。
「そうなのですね。いつも、魚は骨が無い状態で運ばれてくるので、少し想像しづらいですが…」
流石お姫様だ。いや、女王陛下か。
「海洋都市の人達は頭からバリバリ食べてたよ?わたしは堅いところは避けてたけど、あの街のみんなは顎が強いから平気だったみたい」
出会い頭に海洋都市で買った服、とか言ってたな。あの時はネリーは水着だった。思い返しても不思議な出会い過ぎる。
「初めて会った時って、その都市からの帰り?」
「うん!色々見れて大満足!海はわたしとエサルカくんの思い出の場所でもあるからね!」
「そっか、よかったな」
「ええ、お母様のおかげで、わたしも見聞を広げられます」
「フルリスちゃんも、恋人が出来たら思い出一杯作ってね!」
「ま、まだ早いかと……」
「フルリスちゃんたら、もう何十年も言ってるよね、それ」
「うぅ……」
フルリス様は顔を赤くしてしまった。時間感覚以外は、少しデリカシーの足りない親と子の会話だ。
しかし、フルリス様は未婚の女王か。釣り合うお相手がいるのだろうか。いや、ネリーからして駆け落ち同然ゴールインだったな。そもそも、余計なお世話か。
世話と言えば、すっかり米に夢中で言い損ねていたことがある。
「改めてになるが、今回は米を譲ってくれて本当にありがとう。おかげで懐かしい故郷の味が食べられた」
「そうね。私達に出来ることがあれば、遠慮無く言ってちょうだい。この一飯の恩、多少の事じゃ返せないくらい嬉しかったわ」
座礼になるが誠心誠意、フルリス様に頭を下げた。恩人は二人いるが、先に現役女王を立てるべきだろう。
「それから、もちろんネリーもね。手配に調理、普段からも色々とありがとう。最高の晩ごはんよ!」
「ああ、最高だった。お返しは期待しててくれ。出来ることには限りあるが、精一杯やるよ」
ネリーにも頭を下げた。お礼が言いたかった。俺もナデシコも、この食卓には食事以上の価値と、懐かしさがあった。
「ふふっ、二人ってば本当にいい子だね。いいんだよ。レシピも楽しい時間ももらったから。フルリスちゃんとも、お料理出来たし!」
下げたままの頭を、ネリーに撫でられた。頭というか髪を撫でるような、優しい手つきだった。
「まぁ、お母様は無欲ですね。わたしには、欲しいものがあります」
顔を上げると、冗談めかして微笑んだ、フルリス様がいた。意外な申し出だったが、もちろん全力で叶えるつもりだ。なんでもこい!
「ヤマトさん、わたしに料理を手伝わせてくれて、ありがとうごさいました。未経験なわたしに任せてくれたこと、大変嬉しかった」
台所におかれたビニール袋に、フルリス様の視線が一瞬行った。
「ナデシコさん、わたしには同世代が少なく、気兼ねなく接してくれる友人がいません。もちろん、尊敬すべき先人の方々には恵まれたのですが…。気兼ねなく、と言ってもどうしても、かしこまられてしまうのです。なので、貴女との語らいは、まるで同性の友人が出来たような、そんな心地でした」
俺達の遠慮のなさは、フルリス様にとって珍しい経験だったのだろう。楽しげな笑みだった。
「なので、私的な場には限られてしまうので、大変言いにくいのですが……。わたくしもお二人と……その、『お友達』になりたく思います。…ダメ、でしょうか?」
声は尻すぼみに小さくなった。初日に感じた余裕と威厳のある立ち回りとあまりに違う。
いや、どちらも等しく、本人そのものなのだろう。立場によって、時と場合によって、はっきり区別をつけられる程い器用なのだ。
なのに、この要求はとても不器用だった。いくつも予防線を張って、なんでも言ってくれと言う俺達に出したのは、ほんの些細なお願い。
「……まったく、無欲なのは、どっちよ…。ダメなわけないじゃない!フルリス!友達になりましょ!」
「ナデシコに同じだ。よろしくな、フルリス」
「…!…はい!」
こうして、俺達には新しい友人が出来た。俺達より高貴で年上な、ほんの少し不器用な友達だ。




