131.お米。夢にまで見た再会を噛みしめる。
様々なことがありつつも、からあげは完成した。
ルスィスさんは、食卓には居ない。誘ったのだが、あくまで護衛任務が優先なのだそうだ。
残念だが、仕方ない。本気で気配を消したルスィスさんは、家の中に居るのだろうが、俺達には分からなくなってしまった。こちらも本気で探れば、見つかるかも知れないが、本人の希望を優先しよう。
しかし、お土産は持って帰ってもらう。外にいる護衛の皆さんの分も含めてだ。すでにからあげは半分ほどを別にしておいた。
残り半分だが、俺とナデシコ、ネリーとフルリス様の前に並んでいる。多くのからあげが並ぶ、なんと幸せな光景だろう。添え物の野菜もいつもよりみずみずしく見えるほどだ。
「ふふっふ、まだ食事は全部並んでないよ、二人とも。じゃーん!」
「なんだそれ?」
ネリーは蓋の付いた木桶を自信満々に取り出した。いつの間にそんなものを手元に仕込んでいたのだろう。
「蒸し米!だよ!」
「「お米!?」」
俺とナデシコは立ち上がった。
米、それはこの世界では不人気食材だった。育てる手間は掛かるのに、麦でも代用可能な品、にこの世界の住民は感じるらしい。今は、一部実験農場で細々と作られ、物好きが買う食品。
というのが、約一ヶ月と少し前、俺達がこの世界に来る前の米の立場なのであった。
しかし、その米を購入した物好きが、穀物ならとりあえず酒にするドワーフだったこと。
加えて、俺達がその米の酒を調理に使えることを盛大に発表してしまったことで、米の立場は大きく変わる。
一般的には珍しい食材には変わりない。しかし、こと食品の卸売り業界において、需要に対して、供給が少ない希少食材になってしまったのだ。
その米を、金はある程度も持っていても、コネのない俺達が手に入れられるわけもなく。
いや、正確には強力なコネはあるのだが、使ったら信用をなくしそうだから使えなかった、というべきか。
アーテナイが身元保証人で、ユディット先生の教室の生徒で、コルネリア先代女王陛下の同居人、などと食料品店で騒げるわけがない。
僕のお父様は大貴族だゾ、などと騒ぎ立てるテンプレ悪役貴族な真似が出来る程、性格が終わっちゃいないのだ。
米視点だと、『買わせてくれと言われてももう遅い、俺は需要が爆上がりで誰も手に入れられないSランク食材!』とでも銘打とうか。追放系かな?
というわけで楽しみにしていた王都でのお米生活は、露と消え、パン生活を送っていたのだ。
「今日一番の食いつきだね!」
「ええ、用意した甲斐がありましたね。お母様」
「うんうん、農作物の献上品の中にあったことを思い出したんだけど。使われてなくてよかったよね」
最強のコネと運、そのどちらもあったからこそ、米と出会えたのか…。
「いかん、雨が降って来たな」
「そうね、雨ね」
俺とナデシコは、思わず首を上げて、この幸運を噛みしめている。
「ここ、室内ですけど?」
「「いや、雨だよ」」
「あー、たまに二人一緒に変になる時があるから、気にしなくていいよ?」
ネリーはすっかり俺達のノリに対しての、スルースキルを身につけている。
いや、待てすっかり米、いや舞上げってしまってしまったが、肝心の炊き方が悪いと、折角の米がもったいない。いや、用意して貰って言うのも筋違いなのだが、重要なことだ。
「ちょっと確認させてくれ。ネリー。浸水時間は?」
「洗ってから1時間でしょ」
「水の量は?」
「お米と一緒より少し多め、1.1倍」
「火加減は?」
「まずは沸騰に強めの火、その後は弱火でしばらくおいて、最後に強火で焼き目を作る」
「その後は?」
「蓋を取らずに、しばらく放置。蒸らしだよね。ちなみにこの桶は、魔法で内側を暖めて、熱を逃がさないようにしてるよ?」
「パーフェクトだ、ネリー」
「まさに感謝の極みね。すごいわ、ネリー」
「えっへん!」
いや、完璧過ぎる。もしかして、米自体はマイナーだけど、米の炊き方だけは有名なのか。
「味が濃いおかずがあると、ナデシコちゃんが『白いお米食べたい』って毎回独り言を言って、食後の片付けの時にヤマトくんがうわごとみたいに、お米の炊き方を呟いてるから覚えちゃった」
よく見捨てられなかったな、俺達!なんだその新しい形の不審者は!?
一番怖いのが、俺に自覚がなかったことだ。怖い、髪の毛の色が変わることより、よっぽど。
その後、俺とナデシコは『取り寄せバックパック』から、ご飯茶碗を持ってきた。
俺とナデシコはいつも使っていた物、二人にも好きなのを選んで貰った。形が珍しいようでしげしげと見ている。
「……さて、ご対面、ね」
「……緊張するな」
「女王陛下に会う前より緊張してない?」
ネリーからツッコミは入ったが、俺達は真剣そのものだ。もちろん、しゃもじも出した。右手にしゃもじ、左手には茶碗。目の前には、木桶、いやあえて『おひつ』と呼ばせて貰おう。
開ける。白い煙が上がる。湯気だ。そして、目の前には、炊き上がった白米があった。
感無量。息を吞むような美しい白。玄米であるかも知れないと思っていたが、そこに在ったのは確かに白米達。気がつけば、俺とナデシコは一度茶碗を下ろしていた。そして合掌。流れるように礼をした。
「す、凄まじい魔力の高まりです!?」
「うん。わたしが教えた時より、集中出来てると思う…」
米一粒には、七人の神様が居ると言う。俺達はそれを今日、心で理解した。心中に満ちるのは感謝。今なら正拳突きを何度も繰り出せそうだが、それで米が冷めては本末転倒。
米にしゃもじを入れる、盛り付ける。一連の懐かしい動作はたった数回で終わってしまった。米を潰すような盛り付けはしない。ふっくらと積み上がるそれは、まさに汚れ無き白亜の城だ。
「お母様、気のせいでしょうか、お米が輝いているような…?」
「二人の魔力に呼応した、のかな?…二人に盛り付けてもらったけど、『可食判定』はしようね」
盛り付けも終わり、席に着く。ふと、目の前を見る。
からあげは茶色かった。一方、ごはんは白みがかっていた。
1961年に世界初の有人宇宙飛行を成功させたユーリイ・ガガーリン。「地球は青かった」で有名だが、原文は「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた」だったという。
人は感動的な光景を目にすると、詩的表現より先に目に映ったそのままを言ってしまうのかもしれない。
この世界の食前の祈りも終わる。普段はそれに合わせている。だが、今日は、今日だけはその言葉が、口から自然に出た。
「「―――いただきます」」
米を口に運ぶ。噛みしめた。
俺とナデシコの目から、一筋の涙が頬を伝った。




