129.まずは下準備。アッチとコッチ。
この世界にも揚げ物はある。ただし、油をひき片面ずつ揚げる等、油を節約するやり方だ。鳥の揚げ物も、先の方法で素揚げにして後から味付けといったもの位だった。
肉に下味を付けて衣に包む唐揚げや、衣自体に味を付けるフライドチキンは無かった。
ちなみに、定義としては、鶏肉に下味を付けたものが『からあげ』。衣に味を付けたものが『フライドチキン』だ。
背景にあるのは、街灯を油でまかなった時期があるために、油が高価だった影響だ。
揚げ物に使った油は再利用、その時に衣が残ったり、油に強い香りの付く調理は忌避された。
「かつては油が貴重品とされていた――だが、今は違う!魔法の進歩により油は街灯から、主に調理用途に使用されるようになったのだ!」
「生産量も減ったから、お値段はそこまで変わらなかったみたいだけどね。ほら、そんなに『ギュッ』ってしないで、手を動かす!」
これまでの揚げ物は素揚げが主体であり、素材の味に左右されていた。だが、これからの時代は素材に一手間加えるの研究が日夜進められている…のだろう。多分。
よって、これはチートではなく、先取り程度の物だ。あるいはこの世界のどこかで広まっているかも知れない。
などと、肉と格闘しながら思っていた。大きい唐揚げも好物だが、今日はスタンダードな一口大でいいだろう。
肉を切り終わると、ネリーと俺とナデシコで、鶏肉に味を付けたり、衣の下準備をした。メイドさんは加熱中の油の番だ。台所は中々広いが、今日は食卓も調理場として利用している。
「…あの、私もなにかお手伝い出来ないでしょうか?」
フルリス様は健気にも、そんな質問をしてきた。しかし、少し不安げだ。
「一つ……ある」
「……え!?」
嬉しそうなフルリス様。そうあるのだ、誰でも出来る工程が『からあげ』には。
「そう、『もみもみ』だ!」
「もみもみ!?」
「言い方ァ!!」
フルリス様は驚愕している。そして、俺にはナデシコからの鋭いツッコミが入った。油の近くじゃ無いときで良かった。まぁ、その油の番をしているメイドさんからも、冷たい視線は送られたが。
料理を手伝いたい。それはなんとなく皆が思う事ではないだろうか?特に、今回のように一人だけ、何もしていない状況だと。
ともかく、自室に戻り、俺はビニール袋を持って来た。下味用のタレに、一口大に切った鶏肉を入れ、フルリス様に渡した。
「揉めばいいのですね?」
「そう、潰さないように軽く、タレを零さないように気を付けてな」
「はい!…ところでこの袋の素材ですが…」
「『地元』のもの」
そう、チート頼りです。しかし、王女様が仲間外れ気分になるよりはマシだろう。
「やはり、そうですか。…しかし、なんとも言えない感触ですね…」
「フルリスちゃん!わたしにもかしてー!」
「もう、お母様ったら、順番ですよ?」
「わーい」
やれやれ、どっちが大人なんだか…。量も多いので、もう一枚用意して、肉に揉み込む要員は二人になった。
下準備もあらかた終わり、次はいよいよ揚げる工程。メイドさんと選手交代。ペコリと頭を下げられたが、視線は厳しい。もしかして、こちらが素なのかも知れない。
「ヤマト、揚げ方はどうするの?」
「二度揚げ、だな」
「なるほどね。付け合わせはこっちで準備しとくわ」
「ああ、頼む」
なかなか量が多い。唐揚げはいくつかの弾に分けよう。一度に多くの肉を入れると油の温度が下がるのだ。
「なんだか、作ってあげようと思ったのに、二人が中心になってるんですけど……」
「まぁまぁ、ここは職人のお二人にお任せしましょう、お母様」
職人じゃねぇよ。
衣を垂らして温度の確認。油の温度に問題は無い。からあげの第一弾を油に投入を開始する。気を付けるのは、からあげ同士がくっつかないように、しかし触りすぎるのも良くない。衣が固まる時間は一分程。その間に触れば、衣に乱れが生じる。正確に、手早く、投入していく。
「………」
となりで無言でメモを取ってるメイドさんから圧を感じるが、気にしないでおく。勉強熱心なのだろう。
約4分、まだ衣の色が薄いが、二度揚げするので一度取り出す。
「からあげは出来たの?ナデシコちゃん?」
「今から仕上げよ。見てなさい」
後ろから視線を感じるが、作業を続行。見世物でもないのだが。
火の勢いを強める。高温になった油で行う二度揚げは、約1分弱と短めでいい。キツネ色になったら完成だ。
そう言えば狐の実物は見たことが無いな。こちらの世界には居るのだろうか。
「アッチ…!」
余計な事を考えてたら、油はねにやられた。不注意は良くないな。
「はい、コッチにどうぞ」
ナデシコから紙を敷いた取り皿を渡される。いや、そういうフリじゃねぇよ。使うけどさ。
山盛りになった唐揚げは魅力的だ。しかし、表面の油を吸わせる為に等間隔で置いていく。油が表面についたままだと、ベチャ付くのだ。
第二弾も揚げるが、その前に確認だな。火の勢いを弱めて、っと。
一つを包丁で切る。サクッとした衣の音、溢れる肉汁と香り、それにしっかり火が通ってるな。揚げ時間も問題ないみたいだ。
「はい、からあげ第一弾いっちょ上がり。さて、料理した人の特権、揚げたての味見をするか?」
「「はーい」」「はい、よろしければ」「……はい」
順番に、ネリー、ナデシコ、フルリス様、それから今日初めて声を聞いたメイドさん。
皆の注目を集めるのは、目の前のからあげだ。




