127.魔法の言葉。森への誘い。
「……さて、明日でも良かったが、丁度いい。…これからの授業の話でも、しようか。…ああ、もちろん、ここは教室ではないし、今は授業でもないのだから、お茶をしながらで構わない、よ?…茶飲み話さ」
引っかき回すだけ引っかき回した後、優雅にお茶を嗜んでいた。マイペースな先生だ。
「ユディット先生、よろしいでしょうか?」
「……なにかな?イザベラくん」
「もう一切れ、よろしいでしょうか?」
「……素直でよろしい。…ちゃんと晩ごはんも食べると約束するなら、食べていい、よ?」
もっとマイペースな奴がいた。結局イザベラに便乗して、三人娘はそのもう一切れに舌鼓をうつのだった。
可愛らしいことだ。アーテナイが、俺とナデシコの頭を撫でていた時もこんな気持ちだったのだろうか。
「しかし、晩ごはんはホントに大丈夫か?」
パウンドケーキは結構、胃に重めな菓子だ。今は良くても後で泣きを見ないといいのだが…。
「ヤマト、覚えておきなさい」
自分も二切れ目に手を出しながら、ナデシコはフッっと笑った。
「――甘い物は、別腹よ」
「素晴らしい言葉ね」
「全くです」
「甘美で背徳的ですわ」
かつて無い一致団結だった。俺と教師陣は、示し合わせた訳ではないが同じタイミングで一杯お茶を飲んだ。「そんなわけないだろ」という言葉を飲み込んだのだ。
「……さて、ワタシにも、逆らえないものがある。…その一つは、学校の年間予定だ。エマ、説明を」
「はい。毎年この時期、新入学生の交流も兼ねて、ロニア周辺の森林へクラス毎に散策に出ます。しかし、今年に入り、ラケル近郊の安全地帯での極めて異例な魔物の発生が確認されました」
それは記憶に新しい事件だ。動物の魔物化。
安全地帯と呼ばれるのは、魔物の発生が無く、侵入もされない所。
そんなところで、二件、立て続けに人が襲われる事件が起きた。幸いにも、当事者に大きな怪我は無かったが、街道や運搬具に多少の損害は出た。
と、別の都市にも伝わったそうだ。
「見事、アーテナイ…様が解決したけどね」
ナデシコはエマ先生に補足した。
そう、俺達は関わってない。ということになっている。
真実はどちらも俺達の周辺で発生した事件だ。ただ、二件目の10m越えの魔物化『グレートアースリザード』は、アーテナイとの共闘だったので、全部ウソという訳では無い。
ちなみに、その二件以降、動物の魔物化の再発生は確認出来ていないらしい。
「その通りです。しかし、実際にあった以上、ロニアでも発生があるかもしれない。当初は中止も検討されましたが…」
「……ワタシでも逆らわない年間予定を、魔物如きに狂わされるのも気に入らない」
ユディット先生は、一瞬、苛立ちの表情を浮かべた。が、それはすぐに無くなり。
「…というのは、冗談だ、よ。…むしろ、安全地帯に魔物が発生した場合、素早い避難、逃げ方の指導は急務だ。…森に囲まれたロニアで、そこでの走り方を知らないのは、危険なのさ。…もっとも、ロニア育ちで、多少のヤンチャな子供は、森を遊び場にしていることは知っているけど、ね」
その言葉には、ライリーとイザベラが顔を背けた。この二人はやってそうだな。ちなみに、俺とナデシコも野山を駆けつつ、色んなことで遊んだ口だ。
「という事で、例年より危険対策は強化されました。引率の教師のみでは無く同行冒険者の確保や、保護者の同意書の提出、など制約は増えましたが、開催が決定されたのです」
それは良かった。しかし、危険性があるから、その対策の為に開催しないといけない、という考え方は、魔物が身近なこの世界特有のものだろう。俺達の世界だと、中止一択だ。
「……ここまでは、前置きだ。…我々、『若葉組』についてだが、二つの案がある。…一つ、他クラスと同様に、護衛を付けての森林探索。現役冒険者の話も聞ける、よ」
そこでユディット先生は言葉を句切った。全員の表情を見ていた。
「…もう一つが、魔物の発生地帯での探索。…通常、高等部に入ってのカリキュラムになるが、そんな案もあると教えておこう」
喜色を示したのが、ライリー。難色を示したのは、メグ。イザベラはどちらとも言えない。
俺とナデシコは、その三人の反応を見ていた。
「……長々と前提情報を話したのは、この為さ。…もちろん、当日はワタシとエマも同行しよう。……ヤマトくん、ナデシコくんも、今日の課題を越えたということは、魔法の暴発させる心配もないだろう。…正直、ワタシだけでも、大概の魔物には対応可能だ」
もしかしたら、俺達がクリアして無かったら、そもそもこの案は無かったのかもしれない。
制御が未熟だと暴発させるリスクがあったのか。真剣に取り組んで良かった。
「……しかし、万が一、というのはどこにでもある話さ。…街の中でさえ、つまずき、転べば、怪我をする」
軽い語り口だったが言っていることは、「危険は避けられない」という話なのだろう。
「……最初にも言ったように、今日この場は『教室ではないし、授業でもない』故に正解もない。…答えさえ、出さなくていい。…ただの茶飲み話さ」
「明日にはより詳しい説明と、同意書をお渡ししますね。保護者の方にも相談してみてください」
それは、まるで授業の終わりのような締め方だった。新たな課題は、恐らく『考え、答えを出すこと』。俺達が受けた編入試験と同じ問題だ。




