121.高貴な家政婦。最強の家庭教師。
にこやかなユディット先生とため息交じりのエマ先生の対比は、まるで夕日と夜の星空のようだった。
そんな研究室からの帰り道、行きかう学生の数は少なく、俺たちを見ても、声をかけてくる人はいなかった。
門扉にも守衛などはおらず、治安のよさが伺える。そして、学園を出て程なく、朝の一軒家に戻ってきた。
「なぁ、ナデシコ。そういえば、お手伝いさんがいるって話だったけど、家にお手伝いさんがいるってどんな感じなんだ?」
その扉に手をかける前に、ナデシコに質問した。
ナデシコはお嬢様である。家は広く、お手伝いさんもたまに雇っていたはずだ。
「ウチは常駐してるわけじゃないの。お父さんの出張にお母さんに同行した時に、雇ってたくらい。だから、泊まり込みのお手伝いさんなんて私も初めてよ。…ただ、そうね。お手伝いさんや庭手入れの職人さんにも、しっかり挨拶して、横柄になっちゃダメ、ってのは我が家の家訓かしら」
なるほど、雇ってる側だとしても敬意を持て、って話だな。今回は手配された人だろうけど、悪印象を持たれるのも良くない。
「参考になったよ、ありがとう。菓子折りの一つでも買いにいくか?」
「いや、もう遅いわね」
ナデシコは玄関を見ている。物音がする。感じる魔力はほとんど無いが、人の気配はする。お手伝いさんか。ドアノブが内側から回転する。よし、ここはしっかり、挨拶を。
「あ、おかえりー!お手伝いの、ネリーちゃんでーす!」
「「何やってんだアンタ!!」」
先代女王コルネリア・ユグドラシル陛下。エプロン姿でご登場だった。
「どうかな?ラケルで最近流行ってるラケル煮…風スープ。特別な調味料を使うらしいけど、無かったから塩こしょうでいい感じに味付けました!」
「美味しいわね。きっとこの世界で広めた人もこの味には太鼓判ね」
「ああ、間違いないな。料理が出来て、しかも上手いとは恐れ入った」
「ま、それほどでもあるかな!おかわりもあるよ!」
本日の女王陛下とのお食事会のメニューは、上記のスープとパン。それに、野菜と果物が少々。晩餐会では無いし、主賓がシェフも兼ねている。なんだそりゃ。
三人で数回おかわりもしつつも、鍋には半分ほど余った。明日の朝が楽しみ。……じゃなくて!
「それで、『料理が冷めるからお話は食べてからしよ!』ってのに納得してご馳走になったけど、一体何がどうなってるの?幻覚の方がまだ現実味あるわよ。それはそれとして、ご馳走さまでした」
「実際、今も混乱の最中だ。それから食器の片付けはこちらでやろう。座っててくれ」
「うーん、二人とも忙しいなぁ」
「「誰のせいだ誰の」」
結局、食器の片付けも終わってから、改めて食卓に三人。食後のお茶とそのお供にラケルのドライフルーツ。奇しくも、昨日のお茶会と一緒だ。
「それで何から聞きたいの?」
「まず、理由と経緯かしら。ユディット先生の思惑も知りたいけど、それは明日問い詰めるわ。場合によっては拳で」
「わー、『ユディット先生』だって。フルリスちゃんにも教えよ」
「話す気はないって事でいいか?」
つい、責めるような目で見てしまう。しかし、ネリーは気にした様子も無い。
「もう、せっかちさんだね。わたしは二人から色んなお話を聞きたかったし、ユディットちゃんからのお話は丁度よかったの!」
「どんな話よ」
「『……今度の旅費を出すから、ワタシの家で二人と過ごさない、か』って感じだったかな?」
「もしかして、お金と話を聞きたいからって理由で受けたのか?」
「お金は別に要らなかったけど、ユディットちゃんはこういう時、断ると面倒臭いの」
「なんか分かるかも。でも、だとしたら、本当に話を聞きたいだけ?」
「そうなのです!」
胸を張るネリー、俺はその胸部の揺れが目に飛び込んでくる前に素早く横を向いた。
「…わたしはね、エサルカくんにたっくさん、色んなお土産話を聞かせたいの…」
その表情は俺は見れなかった。でも、ナデシコはその表情を見たのだろう。ナデシコから警戒がすっかり消えたことが気配で分かった。
「分かったわ。もうこれ以上、聞かない。一宿一飯のお礼には、過剰すぎるけど、その分色んな話を聞かせてあげる。あと、家事は私達もやるからね?それでいいなら、一緒に暮らしましょう?」
「そうだな。後は、セクハラまがいの発言は止めてくれ」
「うん!分かった!…ヤマトくんのは要検討で」
政治家か、いや政治家だったわ。
「はぁ…。ほどほどで頼む。フルリス様はご存じなんだろ?」
「もちろん!置き手紙でしっかり伝えたよ!」
「……相互理解って大事よね」
今頃『エサルカ城』で一騒動起きてないといいのだが、俺達はもう知らん。
「それで、お風呂はどうする?……二人で一緒に入っちゃう?わたし、外出しようか?」
「結構よ!」
俺の出した要望は積極的に無視されている。相互理解は遠そうだ。
「実は課題があってな。汗もかきそうだし、それが終わってから入るよ」
教えられた鍛錬法は体力を使うし、流す汗も運動による汗というより精神的負荷なのか油汗だ。
というか、俺は何番目に風呂に入るべきだろう。残り湯も、先に入るのも気まずい。いっそ、ジョギングがてら公衆浴場まで走り、入ってこようか。
「ああ、これだよね?」
ネリーは胸の前に手を出す。そして、事もなげに魔力を集めた。その魔力は今の俺達よりはるかに大きい。
「わたしは『ユディット先生』の魔法の先生、お母さんなのです。これくらい余裕だよ。だから、二人にもしっかり教えてあげるね!」
俺達が、集中状態でやっと出来るその鍛錬法を事もなげに行いながら、ネリーは微笑んだ。




