117.穏やかな昼食。一方的な出会いの瞬間。
俺とナデシコはユディット研究室の応接間で、ユディット先生本人とその助手エマ先生と食事をとっている。
王都でも食事前の祈りは変わらなかった。音頭をとったのはもちろんユディット先生。
メニューは異世界風コンソメスープ、ラケル産の腸詰めを焼いたもの、焼かれたパンだ。
「鶏ガラは入ってるみたいだな。たしか、コンソメの材料には牛骨も入ってたと思うが……。だけど、これも十分美味い」
「私も美味しいと思うわよ。……あとは見た目だと、透明度が足りないわね、あく取りに卵白は試した?それからろ過も必要だったはずよ」
異世界風コンソメスープは香味野菜と肉の旨みは確かにあった。だが、そのコンソメと呼ぶには惜しいものだったので、つい味の分析に夢中になってしまった。
「……なるほど、参考になる…」
「…今日はスープの研究会ですか?お話はご飯の後にしましょうね?」
「……そうだ、ね。…エマが焼いてくれた腸詰めも、パンも美味しい、よ」
「もう、ユディット様ったら…」
俺達のコメントをユディット先生はメモして、エマ先生に注意されていた。その後エマ先生は、すぐにデレていたが。
ここで、誰が焼いても味はそこまで変わらない、と無粋なツッコミを入れることは出来なかった。
結局、食事は和やかに終わった。スープは俺達の世界を、腸詰めは少し前に旅立ったラケルを、それぞれ思い出させた。
「……話したいこともある。出すべき課題もある。…しかし、まずはキミ達に謝ろう。…すまない。キミ達の出身、事情、共にエマには話している」
「その、どうしても、お二人が気になって、私が聞いたんです。ユディット様を運んで来た事情が知りたくて…」
二人は申し訳なさそうにしている。
「あー、そう言えば、特に何も言わずに帰っちゃったわね。むしろ、ごめんなさい」
「俺達も別に強く口止めしてないしな。そもそも、誰かに話すと正気を疑われる話だし、気にしないでくれ。というか、エマ先生は信じたのか?」
「正直、半信半疑ですよ。別の世界なんて…」
「そうよね」
「だよな」
「.……キミ達が共感してどうする」
仕方ないだろう。もし俺達の世界で別の世界から来た、なんて言われたら半信半疑どころか、全部疑う。
それっぽかったら、ちょっとワクワクすると思うが。
「……エマ、食後のお茶を頼めるかな?」
「はい、ユディット様」
そう言えばこの研究室に入ってから、エマ先生は学園長、ではなくユディット様と呼んでいる。
忘れがちだが、ユディット先生も過去に世界を救ったとされる人物だ。その人物と親しげなエマ先生も十分常識から離れた人物なのでは、と俺はいぶかしんだ。でも、仲間というより、もっと親しいような…。
配られたお茶にそれぞれお礼を言い終わる頃には、その疑問を忘れた。
「……さて、まずは食事前にも少し話した、ラケルでの事について、話そうか」
ラケル閉山祭、それは鉱山『地竜背びれ』の数十年に一度、地殻変動が起こりその坑道が閉じる際に行われる。
ラケルの人々にとってそれは、坑道が閉じると同時に新たな鉱脈が生まれる祝いの祭りだ。
その際には、様々な催し物が開催され、各都市の有力者へ招待状も送られる。
催し物の例をあげると、英雄アーテナイに挑む権利の抽選会、歴史を振り返る演舞、その後にアーテナイと挑戦者の試合、町を挙げての宴会等。
今、例に挙げたのは、俺とナデシコが参加したものになるが、ユディット先生が参加したのは、競売会。
「……競売会の目玉は、ラケルの職人達が作った武器達だ。…しかし、時に魔物の素材が出品される。…買い希望が多い珍しいものなどが、ね。…ワタシの目当てはこちらだ」
そこに、世にも珍しい『魔物になりかけのブラックベア』の毛皮も出品されたそうだ。
「……そもそも、動物が魔物になるという現象自体が、稀だ。…その過程の一品、是非とも研究材料に欲しくてね。…少々値は張ったが、いい買い物だった」
「毎度あり」
「喜んで貰えたようでなによりね」
「……キミ達が持ち込んだものだとは、後で知ったが、ね」
世間は狭いらしい。思ったよりも。
「……次の日、鉱山方面から違和感を感じてね。…閉山祭時期に遠くからでも感じたから、念のためにアーテナイの自宅に知らせに行った。……その時に、キミ達、ヤマトくんとナデシコくんを見掛けたのさ。…驚いたよ、あんなに楽しげに誰かの頭を撫でるアーテナイを見れるとは、ね」
それは、俺達がこの世界に来て三日目の出来事だ。
つまり、一方的とは言え、こちらに来て三日目には、ユディット先生には出会っていたのか。
「……しかし、それ以上に疑問にも思ったさ、あの二人は何者だ、とね。…エマ、二人の魔力量はをキミはどう見る?」
「私ですか?…そうですね。少なくとも量は特別クラスの子供達や、私より上、流石にユディット様よりは少ないかと…」
俺達も同様の見解だ。この一ヶ月、アーテナイとの修行で魔力が少し増えた気がするが、魔力量でユディット先生に勝てる気がしない。
「……では、彼ら魔力が今の5倍ほどに増えたとしたら?」
「それは、いや、まさか…」
「…ワタシに勝る、そうだね?」
「はい…」
教師二人は深刻そうなやりとりをしているが、俺達はピンと来ていない。そして、ユディット先生は俺達に向き直る。
「……ワタシは、他者が持つ潜在的な魔力が分かる。…今のキミ達は、その潜在魔力の一割から二割程度の魔力しか使えていない」
喉が鳴った。そこに高揚感は無く、今朝の言葉が脳裏をよぎった。
『一歩でも間違えば、建物を壊し、人の命を容易く奪い、キミ達が守りたいものすら傷つける可能性がある』という、ユディット先生の言葉だ。
117話です。いいな、と思ってくれたら☆やブックマークをお願いします。(小癪)




