116.それぞれの放課後。意外な再会。
「皆さん、今日は疲れていると思うので鍛錬は程々に、ですよ?」
エマ先生は主に在校生側を見ていた。そう言えば、朝より魔力が減った、か。俺は元気だし、ナデシコもおそらく元気。
「そうね…。あたし達は今日の午後は反省会でもしましょうか?」
「では、食堂のテラス席はいかがでしょう」
「いいですわね。…わたくしから見た、お二人のまだまだ甘いところを指摘して差し上げますわ」
「望む所よ。それから、今日までの復習もするわよ。負けっぱなしで居られるか、っての」
「楽しみですね。では、『宿題』はそれぞれ考える、ということで」
「それでは、お兄様、お姉様、ご機嫌よう」
「また明日ね、兄貴に姉貴」
「では、兄上、姉上、失礼します」
メグとイザベラは丁寧に、ライリーは軽く手を振りながら、去って行った。
「ああ、また明日な」
「リベンジはいつでもオッケーだからね!」
俺とナデシコはそれを見送る。そのリベンジが早く果たされるといいと思う。負ける気は無いが、やはり呼び方は少しくすぐったい。
そして、その退場を待っていたかのように、ユディット先生が話しかけてくる。
「……さて、キミ達、ヤマトくんとナデシコくんには、もう一つ課題がある。…まず、ワタシの研究室に案内しよう。…ところで、エマ、応接室は片付いていたか、な?」
「片付いてますよ。まぁ、あの『研究資料』はありますが…」
「……装飾品に見えない事も無い、問題ないだろう」
突然の誘いで、不穏な単語もあった。
「もちろん行くけど、そのことって、招く本人の前で言う事かしら?」
「さっきよりも『えぇーっ!』気分だな」
「……いい時間だ。昼食も出そう」
「わーい」「やったぜ」
思わぬ形で昼食にありつけることに喜ぶ俺とナデシコだった。
「軽いなぁ…私、初めての時はかなり緊張したのに……」
一方、エマ先生は俺達に、羨んでいるような呆れているような視線を送っていた。
王都魔法学園の敷地は、主に5つの区画で分けられる。
一つ、中等部校舎。主に王都在住の12歳から15歳まで中等部生がここで学ぶ。
二つ、高等部校舎。中等部出身者もしくは、他の都市から魔法を学びに来た高等部生がここに通う。
三つ、図書館棟。数多くの図書を収容し、学習室まで完備されている。
四つ、演習場。今回、利用した石床の演習所の他に、体育館のような完全室内や、屋外の演習所もある。
五つ、研究室区画。各教師の研究等が行われる場所、教職員の待機所や、食堂もこの区画にある。
「そして、今日、私達がお邪魔するのがここ、研究室区画でも一番目立つ建物。ユディット研究所です!」
「誰に言ってんだ?」
「……研究室、なのだが、ね」
と、本人は言っているが、目の前の三階建て建物を『室』と呼ぶには、あまりにも大きすぎた。
その飾り気の無い白い建物には周囲に木が生い茂り、学園の敷地内なのに一つの世界観を持って存在していた。
今朝訪れた、ごく普通の一軒家と比べ、どちらがエルフの住処かと問われれば、この研究室になるだろう。
「元々は一階部分だけだったらしいですよ。機材や素材の保管場所に、居住スペースまで追加してこの形に…」
エマ先生はフォローを入れた。どうやら、ホームセンターで売っている重ねるタイプの収納棚のように増築されていったらしい。
「……さて、いつまでも外に居ても仕方ない、入りたまえ」
「「失礼しまーす」」
「こちらで待っていてくださいね。好きな席にどうぞ」
「「はーい」」
俺とナデシコは促されるままに入った。ユディット先生は、部屋に灯りを付け、奥に入っていった。エマ先生もそれに続く。
なんとなく部屋を見渡せば、長机に椅子。右の壁は全面書棚になっていて、様々の背表紙が見えている。所々、紙も挟まっているようだ。そして、左の壁なのだが……
「なぁ、ナデシコ…」
「うん。まさか、また会うことになるとは、ね」
頭の無い熊の皮があった。見覚えがある色形のそれは、他の棚の様々な小物よりも強烈に目に入る。
「ブラックベアだな」
「魔物になりかけ、のね」
俺達がこの世界で一番最初に戦った、異形との意外な再会だった。
俺達が初めて訪れた都市ラケル、その道中で出会ったこの熊は、倒した後に肉は消え、皮のみが残った。
それは、俺達のこの世界での初めての戦果であり、高値が付くということで売り払ったのだ。
その後、俺達の知らないところで競売に掛かられた『これ』は、俺達にずっしりと重い硬貨の袋をもたらした。
「……おや、この研究資料が気になるのか、な?」
いつの間にか、後ろにユディット先生が居た。俺達は慌てて飛び退く。
「あー、ビックリした…。急に後ろに立たないでよ!」
「俺達も許可無くジロジロと見て悪かったが、驚かす真似は止めてくれ…」
「ごめんなさい、ユディット様に悪気は無いんです。ただ、いつの間にか人の後ろをとる癖があるといいますか…。…私もよくやられるといいますか…」
驚いた俺達に、謝ったのはエマ先生。苦労しているようだ。
「……驚かせるつもりは、ないのだが。…いや、すまなかった、ね。出来るだけ、改めよう。…さぁ、食事にしようじゃないか。…今日はアーテナイから教えて『もらった』料理を、王都で手に入るもので、私なりに再現したものだ。…キミ達の感想が、聞きたい、な」
机にはスープが湯気を上げている。他にも料理があるが、どうしてもそのスープに釘付けになってしまった。その琥珀色のスープは、俺達が一度、ラケルでアーテナイに出したものに似ている。
「コンソメスープ、ね…」
「なぁ、ユディット先生って、もしかして…」
「……ああ、そうとも。…ワタシは閉山祭、ラケルの祝祭のその日に、その場に居た、よ。…そう言えば、まだ話して居なかった、ね」
そう言うと椅子に掛け、俺達に着席を促すように手を見せた。
「……食事の話題には事欠かないようだ。…楽しい食事にしよう、ね?」
その表情は楽しげだったが、どこか底知れなさを感じさせるものだった。




