113.初めての友達。特別クラスのメグ。
メグは、その書類を教壇に戻し、今回の入学用に用意した仮の住まいである借家に戻った。
人生初の挫折を味わったメグだが、諦める、という選択肢は無かった。
むしろ、現状の分析と改善案に思考を加速させた。
これまでは、王家の子供として、迎える、もしくはもてなされる側だった。
そう、前提条件が違うのだ。常に優位だった今までと、対等の対場の現在では。
相手についても、再分析をした。
ライリー、元冒険者の娘。イザベラ、王室護衛官の娘。
事前の分析では、親と同じ道を歩むつもりと判断した。そう、自分と同じように。
故に、お互いに積極的な交流を図るだろうと思っていた。その方が、将来の布石になるからだ。
だから、こちらから声を掛けることで、先手をとった。……つもりだった。
しかし、それほど複雑ではないのかもしれない。
二人とも、自分の興味にあるものしか関心を持たないのだろう。そう、言わば子供だ。
「……『世間知らずの子供』」
メモの一文は、メグに喉に刺さった小骨のように不快にさせた。
そう、ここは単純化が必要だ。交渉相手、ではなく普通の友人から始めればいいのだ。
だが、ここで思考は止まる。
「………利益を度外視した友人関係?……それは、どうやって構築するのですの…?」
メグにはそうした友達は居なかった。そう、マルグリット・ミッドガルドは『ぼっち』であった。
翌日、基礎教養の授業、王都の設立時の話が始まったが、同年代よりも数段先を学習しているメグにとっては、確認作業に過ぎない。……はずだった。
エマの授業は、王室の教育係よりもペースが遅い。しかし、より関心を引きつけられるのは、エマだった。
今までの教育が事実の箇条書きなら、エマのそれは物語だった。
見たことのない部屋の間取りと中の家具を覚えるような勉強をしてきた。別にそれは苦でも無かった。
それに比べて、エマの授業はその部屋の鍵を開け、家具の一つ一つの来歴や、その間取りを説明するような丁寧さだった。素直に楽しかった。
「…では、ここまででなにか、分からないや、知りたいことがある人はいませんか?」
「「「はい!」」」
気付けば、今朝は眠たげだったライリーは目を輝かせ、姿勢の良かったイザベラは前傾して授業にのめり込んでいた。
「では、メグさん」
「はい。国家設立時、この時の王家の動向なのですが…」
メグも同様だ。つい、学習範囲外の事を質問してしまったが、それに対してもエマはにこやかに、分かりやすい解説をくれた。知ることが楽しかった。
「それでは、今日の授業はここまで。明日も引き続き、各都市の成り立ちやその中での王都を学習しましょうね」
「「ありがとうございました」」」
気付けば、あっという間に午前は過ぎ、授業は終わってしまった。
そこで、メグは思い返す。まだ何も方策が決まっていないことに。失態だった。
本来なら、授業中の様子を伺い、策を立てるつもりだったのに…。
メグが、机から動けないでいると、意外にも二人から、声を掛けられた。
「メグだっけ?…アンタ、やるじゃない。勉強でも負ける気はないけど、今はアンタが上だって認めてあげるわ!」
「メグさんは、真面目ですね。とてもいいことだと思います」
絵に描いたような直情型、どこかズレた剣士。その二人にとって、世間知らずの子供の今までの学習は、好意的に映ったようだった。
その好意がなんとなく、くすぐったくて、
「あら、特別クラスの一員たるもの、当然の教養かと思いますわ。むしろ、このような基礎でつまずくようでは、お話になりませんわ」
そんな大口を叩いてしまった。
「あん?なによ!丁度いいわ、誰がこのクラスで頭を張るか、演習場で勝負よ!」
「楽しみです。剣は使ってもいいですか?」
「受けて立ちます。お二人とも、まずは監督の先生を探しませんこと?そして、最初の勝負は魔法学園らしく、魔法がよろしいかと思いますわ」
こうして、三人はいつの間にか、気の合う三人となっていった。
ライリーが吹っ掛け、イザベラが乗り、メグが煽り、企てる。メグにとってそれは、不器用ながら初めての友人関係だった。
そして、二人の編入生が来た初日、現在交流戦を小休止中のメグの機嫌は非常に悪かった。
「ねぇ!ナデシコ!さっきの最後の一撃、教えてよ!」
「結構難しいわよ?」
「あたしなら出来るわ!」
「ま、そのうちね」
ライリーは、ナデシコへ詰め寄っている。
「そこでの兄上の剣ですが、まるですり抜けるように、わたしの一撃は受け流されました。その剣筋は対峙しておきながら、美しいとも言えるもので…」
「…そうですのね」
「ええ!」
イザベラはメグへ最初こそ、激励していたものの、途中から先ほどの立ち会いについて話していた。
メグは自分の不機嫌の正体が掴めない。しかし、その原因が編入生にあるとは分かった。昨日まで無かったものだったからである。
「(全力で、勝ちに行きますわ。この苛立ちを、消し去る為にも…!)」
友達がとられたようでムカついた。そんな感情をメグは今日、初体験していた。
この世界で魔法を使う者、魔法使いには大きく分けて二通りの人種がいる。即ち、感情任せで失敗するタイプと、感情任せの方が成功するタイプ。
メグは、自分では前者と思い込んでる後者であった。
かくして、メグは最高得点を叩きだした。
「先に学んでいた、『先輩』として、お二人の健闘、願っていますの。頑張ってくださいませ」
メグは過去最高精度の魔法を、最大のプレッシャーを変えて、微笑む。
「……上等じゃない。受けて立つわ、『お姉様』としてね」
それを受けて、ナデシコもまた、微笑みを返す。絵面だけ見ると、見目麗しい少女同士の花園にさえ見える。
ナデシコもまた、後者、感情が高ぶれば高ぶる程、調子を上げるタイプであった。




