110.交流戦、小休止。コップは空だが、そこに入っていたものがあった。
「……さて、ここまで、11対9、3対2で編入生のリードだ、ね」
「ん?その言い方、もしかして…」
「点数制だったりするのか?」
「……言ってなかったか、な?」
「「言ってないわ!」」
どうやらバラエティ番組みたいな理由で、まだ勝敗は分からないらしい。
それにしても、2試合目は点数がしょぼい。もしかして、ハンデが無くなったことで、俺とイザベラの試合の点数を調整したのか?
「……どのみち、キミ達は、連戦になる。…今から、しばらく小休止に入る。……エマ、試合の準備を手伝ってくれるか、な?」
「はい、学園長。準備と一緒に皆さんへ飲み物を用意しますね」
「……いい考えだ。…エマはよく気が利く、ね」
先生組は、会話を交わしながら退出した。
状況を整理しよう。
合計すると、14対11、僅か3点差。つまり競技によっては…
「つまり、逆転の目もありますのね」
「頑張りなさいよ!メグ!」
「応援しています。メグさん」
在校生組は団結している。応援の声に、メグははにかんだ。
「あら、『兄上』の応援はよろしいのですか、イザベラさん?」
メグはからかうように尋ねる。
「無論です。味方の応援をしないのは、『不真面目』です」
「というか、勝敗が分からないなら、まだ『兄上』では無いでしょ?」
ライリーも、俺と同様、気になっていたようだ。
「いえ、勝敗関係なく、兄上は兄上ですから」
「どういう事なのよ…」
「わたくしも少々混乱してしまいますわ…」
いや、一番混乱してるのは俺だ。
相手陣営に居るトリックスターが状況をややこしくしていた。第一印象からの変化が酷い。
「『剣の道を行く者は皆同士。先達は師、先を歩む者は姉や兄同然』という母上の教えです」
「では、どうして、師では無く、兄上と呼ぶのかしら?」
「昔、剣を習い始めたばかりの頃、皆さんを師と呼んでいましたが、母に止められました。『あくまで例えなので、師は一人と定めなさい』と。という訳で、師は母上と定めました」
ちょっと想像する。誰か彼構わず、師匠呼びする小さいイザベラ。
微笑ましいが、親なら止めるかも知れない。そのまま、とことこ、付いて行きそうな気がする。
「……まさか、兄は止められなかったから、兄呼びって訳じゃないわよね…」
「ふっ…そこまで単純に考えるわけないじゃないですか」
嘆息と共にイザベラは答えた。
「ライリーさん、こらえてくださいな」
「離しなさい、メグ!このポンコツは殴らないと直らないのよ!」
メグはライリーを羽交い締めにしている。勝敗が掛かった選手が体力を消費してるが大丈夫だろうか。
「わたしは考えました。師も一人に定めるべきなら、兄と姉も一人に定めるべき、と。しかし、その頃には同世代には負け無し、母上以外の師範代級の方に直接指導して頂く機会にも恵まれましたが、どっちかというと師の方だったので、永らく兄や姉を諦めていたのですが…」
ちなみに、目の前の騒ぎにイザベラは意に介した様子も無い。
「そして、とうとう今日、念願の兄上と仰ぐべき方に出会うことが出来ました」
「ちなみに俺の意志と意見は?」
我慢出来ず、口を出してしまった。
「己の定めた物を貫き通すが、剣の道、ですから」
「カッコ良く言ってるが、聞かない宣言だよな、ソレ」
「はい!」
うーん、いい返事。でもゼロ点。不正解であり、欲しい答えはそれじゃない。
「……一応、聞いとくけど、その『兄上』は、異性として家族になりたいって宣言、じゃないわよね?」
ここまで、騒ぎに入って来なかったナデシコは、ジト目をしながら、イザベラに質問した。
これには、騒いでいたライリーも止まり、イザベラの答えを待った。
「異性として…?ああ、なるほど…」
問われたイザベラはキョトンとしてから、俺達を見比べて何かに納得した後、
「それはないですね」
と、笑顔ではっきりと言った。
「じゃあ、好きにして良し!」
ナデシコは晴れやか、
「…気にしちゃダメよ?」
「…お気の毒ですわ」
ライリーとメグは俺に同情的だった。
いや、別に気にしてないし。毒でもないし。むしろ安心だし。俺にはナデシコが居るし。
よし、意識を試合に戻そう。告白もしてないのに振られたようになっている場合ではない。
ともかく、まだ気は抜けない。なにせ、今度の相手は一番厄介そうなメグで、競技は一番練度が足りない魔法だ。
「ただいま、もどりました」
「……戻った、よ」
ユディト先生はなにやら小さめの木箱を、エマ先生は水差しと人数分のコップを持ってきた。
俺達は、先生の所に行くと、それらを受け取り運ぶのを手伝った。
「……ヤマトくん、なにか、疲れていないか、な?」
「…気のせいです」
箱を受け取る時に、声を掛けられたが少し返答に困った。
「兄上、こちらお水です」
「ああ、ありがとよ」
訂正、この子のせいです。何度もボールを投げて疲れているのに、ボールを取って来たワンコを相手にするのは、こんな心境なのだろうか?
俺は、水を受け取った。皆、休憩の体勢だ。ナデシコは、ライリーと何やら話をしている。こういう時、ついナデシコを目で追ってしまう、癖のようなものだ。
「……ちなみに、兄上にナデシコさんが居なかった時は、その限りではありませんでしたよ」
背後から、とんでもない不意打ちを受けた、気がした。
慌てて振り返ったが、こちらを振り向きもしないで、メグに水を渡していた。
その様子に変わったところはない。
「気のせい、だよな…」
水を飲み干した。空のコップには何も残ってない。




