99.エルフの大賢者。三つの試験。
「……試験は、三つ。……一つめは、今から、ワタシが魔法を放つ、見ていたまえ。…決して、目をそらすな」
「それだけ?」
「意図を考えることも、試験のうち、ってか?」
「……意図なら話すさ。…キミ達から見て、ワタシの魔力は大きく見えるかも知れない。…しかし、キミ達がこれから成長をし、その力を合わせるなら、いずれ確実にワタシを越える」
……褒められた、のか?ナデシコと顔を合わせるが、俺もナデシコもその意図は察せない。
ユディットは、言葉を続けた。
「……つまり、キミ達が都市の破壊や、誰かを害そうとも、間違っても、止められる人類は居ない」
その言葉は重くのしかかった。そんな事を、するつもりも、やる予定もない。
「……自覚がない力、それは赤子の持つ刃物に等しい、癇癪のまま誰かを傷つけ、いずれ自分も怪我をするだろう。…そうならない事もあるだろう。…よほど運が良ければ、ね」
だが、重い。何でも思うままに出来る力、間違っても誰も止められない、それはなんて、恐ろしいのだろう。
身体の中に、怪獣が居る、そう宣告でもされた気分だ。
「……故に、キミ達には、破壊の魔法を見せよう。…そして、覚えているといい。…いずれキミ達は『この程度』の力を、いつでも、どこでも、誰にでも放つことが出来る」
ユディットは、地面に一本のナイフを突き立てた。
そして、そこから離れ、懐から杖を取り出す。そして、その杖に、全身に魔力を帯びる。
「……今こそ、英知、女神に示そう」
小指程の小さな魔力の塊だった。それが、杖の先から出た。
その塊は、突き立てられたナイフを中心にゆっくり広がり、地面、空中を包み込む半径1m程の半透明な球体になった。
その外殻が硬質化した事が分かった。感覚で分かった。その空間が切り取られたのだ。
そして、一瞬の閃光。目を焼かれる程ではない。瞬きもしなかった。
「―――『エレメント・イレイズ』。…なにも残さず、消え去るのみ」
ナイフが、地面が、そこに無かった。潰された訳ではない、まるで丸いスプーンで掬った後のように、なにも無かった。
球体が解除される。風が、その中心に向かって吹いた。周囲の土が、その喪失を思い出したように内側になだれ込む。
「……故に破壊の魔法、という訳だ。……これでさえ、キミ達にとっては、通過点だろう…」
もしも、あの魔法をナニカに、ダレカに使ったら…。
小学校の頃、写真の切り抜きをした事がある。修学旅行のまとめ、だっただろうか。
写真をプリントした紙から、自分やクラスメイトの顔を切り取ってレポート用紙に貼った。
ふと、切り抜かれた元の紙を見ると、顔のない身体達があった。気味が悪くて、丸めて捨てた。
それが今、無理矢理広げられて、目の前にあるようだった。
怖気がした。俺とナデシコは、静かに震えた。その様子を、ユディットは無表情に見ていた。
「……キミ達に、想像力があって何よりだ。……試験二つめは、質問に答えて貰おう」
ユディットは俺達の間に来て、俺達二人の肩に手を置いた。
「……本当に、魔法を使いたいか?……答えは、今は聞かない、明日まで待とう。…二人で話し合おうといい」
その声は、優しげですらあった。だが、その発言は一晩考えろ、と言われた気がした。
「……それから、三つめは……」
「…ユディット?」
「…どうしたんだ?」
肩に掛かった体重が重くなってきた。いや、ユディットの身体から力が抜けている。
「……魔力を使いすぎた。……ワタシを王都の自宅まで送ってくれ……」
俺達も、ある意味、力が抜けそうだった。
その後、ナデシコが上半身を抱え、俺が足を抱えるという、けが人等を運ぶ方法で森を歩いている。
抱えられた本人は、王都での自宅の場所を途切れ途切れに話して、やがて目を瞑った。
絵面は誘拐犯か、要救護者の搬送だろう。出来れば後者でありたい。
「よっぽど、消耗が激しい魔法みたい」
「ああ、技としてはラスボス級だろ」
「そうね。あれ以上ってなんなのかしら…」
「さぁな…」
帰り道の足取りは少し重い、荷物になってる人物のせいじゃない。
いや、ある意味、きっかけはユディットだが、先ほどから自分の中で繰り返されている自問自答のせいだろう。そのせいで、ナデシコとのやりとりもキレがない。お互いに、ろくにやりとりもないまま市街地に付いた。
流石にそのままでは運べないので、ユディットをラケルで買った外套に包んだ。ますます犯罪者に近づいた。
「本当に、少し大きいくらいの一軒家ね」
「隣の学園はあんなにデカいのにな」
ユディットから聞いていた場所と特徴が一致した建物、いや家に着いた。
つい、隣の壁とごく普通の二階建ての住居を見比べる。
魔法学園、城を想像したのは世界的ファンタジー作品のせいだろうか。周囲を壁に囲まれたそこは、中にどんな建物があるかも分からない。
そんな事をしていると、玄関が開いた。しかし、半開きで止まった。首を傾げていると、恐る恐る、といった感じで、女の人が覗いてきた。
「…あ、あの、あなた達、誰ですか?どうして、学園長と一緒なんですか…?」
小動物?いや、ネリーにもその表現を使ったが、種類が違う。
人懐っこいのが、ネリーだとしたら、目の前の人物は木陰に隠れて、怯えながらこちらを覗いてくるタイプだ。
黒髪、黒目に黒い眼鏡。黒い衣服。ナデシコとそう身長は変わらない筈の背丈は、曲がってるせいで小さく見える。
学園の生徒だろうか?顔立ちも全体的に幼いようにも見える。よく言えば、可愛らしい。
何というか、ユディットと正反対、という印象だ。
「ああ、怪しい者じゃない。…ないよな?」
「少なくとも悪者ではないわ。一応本人から、依頼を受けてから運んで来たの」
「いや、何があったら、学園長が運ばれる事態に…!?」
「話せば、ますます混乱すると思うから、本人に聞いてくれ」
「じゃあね。後はよろしく」
流石にネリーとの出会いから、門での一騒動、お茶会の経緯を話す暇はない。
混乱まっただ中の女性を尻目に、俺達はユディットを玄関先に置いて立ち去ることにした。
宿屋を探さないといけない。
「えっ!本当に何の説明もない…!?」
閉じたドアの向こうから疑問が飛んできたが、すぐに撤収した。
王都での初めての夜が訪れようとしていた。




