93.若葉の歓待。今こそ名乗ろうヤマトナデシコ。
「はーい、これが『世界樹の若木』、それからわたしのお家、エルフのお城『エサルカ城』だよ!」
「これって、のろけられてるのかしら?」
「ああ、国単位でな」
三人で馬車から降りた。迎えの男エルフも来ていたが、ネリーはそれを手と頷きで制して、元気よく紹介した。
ナデシコもいつもの調子に戻っている。旦那の名前を城に付けるセンスは恐れ入った。
エサルカ城は、西洋建築風だった。例えるなら砦の方が近い、それにバルコニーが付いたようなデザインだろうか。そのバルコニーから客車の中で聞いた広場が一望出来る。天覧席の役割をしているのだろう。
「それにしても、ね」
「ああ、そうだな」
「「デカ過ぎんだろ、世界樹」」
城は一見、小さくも見える。それは、対比物のせいだろう。城は首をあげれば全貌を見ることが出来るが、その背後の『世界樹の若木』は天を衝く勢いだ。幹の太ささえ、『エサルカ城』以上だ。
元の世界の桜の大木さえ、この『世界樹の若木』前では小枝だ。だと言うのに、圧迫感はない。まるで、見守られているような……。
「…あ、これは二人宛かな?」
俺たちの隣で一緒に見上げていたネリーが呟いた。
その時、一枚の葉が俺達に向けて落ちてきた。不規則なその動きだが、俺達は一歩も動く事無く、その葉が手元まできた。なんとなく手を伸ばす。
その葉に伸ばされた手は二本、ナデシコも同じタイミングで伸ばしていたのだ。苦も無く手にする。
大きさは手の平ほど、枯れ葉ではなく若葉だった。
「世界樹の葉っぱ、か?」
「なんだか、いい香りね」
森の香り、とでもいうのだろうか。心が落ち着く緑の香りだった。
「ふふ、それ、とっても珍しいから、記念に取っておけばいいと思うよ!」
「ネリー、これってなにかの意味があることなんじゃない?」
「どうだろうねー」
「迎えの人、凄い顔で見てるけど?」
擬音にすると、はわわ、って感じだ。
「なんでだろーねー」
「答える気はないみたいね」
「…木だけに……忘れてくれ」
みんな真顔になるの止めてくれ、出来心だ。結局ハンカチに包んで、荷物にしまった。一緒に洗濯することはないだろう。この世界の一般家庭は、洗濯板が現役だ。こちらの世界で買った服は、俺達も自分で洗っている。
俺達は、入城を済ませ、しばらく廊下を歩いて大扉の前に来ていた。
「こちらの扉の先が、謁見の間になります。しばし、お待ちください」
迎えのエルフが扉の前に立った。
そのエルフが、先に扉の前に居た別の男エルフへ何か伝言をすると、伝言を受けた人物は別の扉に入っていった。
「二人とも、緊張しなくていいよ。わたしと一緒に礼して、質問されたら答えればいいからね?」
「ええ!頑張るわ!」
「もう少し、力抜いていいよー」
ナデシコは張り切っている。ファンタジー定番のシチュに鼻息も荒い。
ドワーフ武器庫にテンションが上がり、冒険者ギルドを楽しむナデシコにとって、謁見の間という言葉の響きは魅力的なのだろう。俺も、内心少しわくわくしている。木の棒とか貰えないだろうか。
心の冷静な部分は、でもネリーの子供なんだよな、とツッコミを入れている。
「ん?」「…あ」
扉の向こうから、扉へ魔力が伝わった感覚があった。なるほど、短距離だと無言の合図のようにも使えるのか。ナデシコもそれを感じたようだ。二人で姿勢を正した。ネリーは、俺達を笑み浮かべ、見ていた。
「お待たせ致しました。ご入場ください」
扉が開かれる。玉座への道は真っ直ぐだ。その脇には、等間隔に男女のエルフが並んでいる。
白い服が多い、帯剣してる者も居るが、圧倒的に帯杖をしてる者が多い。年の頃は、皆若々しいが、エルフの年齢はさっぱりだ。
足取り軽く進んでいくネリー。そのエルフ達は、ネリーが前に来ると一礼していく。
俺達に視線を向ける者も居たが、険を含んだものはないように感じた。興味の方が大きいようだ。
ネリーが、立ち止まる。それに合わせて、俺達は後ろに控えた。
「ただいま戻りました。フルリス女王陛下」
優雅な一礼だった。声も心なしか大人びて聞こえる。馬車の中では『可愛いフルリスちゃん』と言っていたが、そうは呼ばないらしい。
俺達も、出来るだけその動きをトレースして、同じく一礼。
「母上、それから、その友たるお二人とも、顔をお上げください」
凜とした声だった。声の質は柔らかいのに空気が引き締まるようだった。
気配でネリーが顔を上げるの感じて、一拍遅れで顔を上げる。
「まずは、母上。無事の帰還、嬉しく思います。各地で見聞を広げられたでしょうか?」
「はい。フルリス女王陛下のご配慮痛み入ります。後ほど、語り合いましょう」
「ええ、楽しみにしております」
微笑みを交わし会う二人。言葉は堅いが、そこに緊張感はなかった。
向かい合う二人はよく似ていた。ネリーの姉、その表現がしっくりくるだろう。実際は、娘なのだが。
目の色は薄い青、話に聞いたエサルカさんと一緒だ。髪の色は、ネリーと見分けが付かないほど同じだ。
顔立ちも似ているが、少し大人びた印象を受ける。これは本人の気構えによるものかも知れない。
座っているので正確には分からないが、身長はナデシコ以下ネリー以上だろうか。
だが、特筆すべきはその服であるだろう。他のエルフと同様に白を基調とした服は一緒なのだが、女王を示すためなのか、その上から貫頭衣のような物を身に付けている。胸元に金色の刺繍糸でなにか紋章のようなものが描かれている。
しかし、俺の視線はその横をつい見てしまう。貫頭衣ではその豊かな胸を隠すこと叶わず。
胸囲も親子で似ている。即ち、着衣状態にも関わらず、横から胸がその大きさを雄弁に主張しているのだ。
いや、あまり胸元を見る物ではないな、気を付けよう。
「そして、お二人とも。ヤマト殿とナデシコ様ですね?」
「「はい」」
俺達の返事には堅さがあった。
「私はフルリス・ユグドラシル。二王が治めるこの王都、エルフの代表を示す女王であり、先代女王コルネリア・ユグドラシルの娘。どうか、お見知りおきを。改めて、お二人の名を聞かせてくれますか?もちろん、お二人の流儀で構いませんよ。ええ、なんでも」
その堅さを察してか、フルリス女王は微笑みを絶やさない。だが、その言葉の選択はマズイ。
「なんでも…?………なんだ、かんだ……」
ナデシコは小さく呟いた。今すぐ、その頭を叩くべきだろうか、いやそれも礼儀的に悪手。
「ええ、『なんだかんだ』、と言うものは居ませんよ」
わざとやってのか!?フルリス女王!?
「…なんだかんだと聞かれたら」
ナデシコが始めてしまった。
……え?やらなきゃいい?……悪りぃ、一人ぼっちにさせない、って決めてんだ。
「答えてあげるが世の情け」
俺も続いた。ナデシコは嬉しそうだ。
ここまできたら、照れる方が恥ずかしい。もし、元ネタが分かる者がいたら、共感性羞恥で苦しんでくれ。
「世界の破壊を防ぐため!」
「世界の平和を守るため!」
「愛と真実の正義を貫く」
あ、少しは変えるのね、了解。
「ラブリーチャーミーなミカタ役」
「ナデシコ!」
「ヤマト!」
「異空を駆ける ヤマトナデシコの二人には!」
「サンライズレッド赤い明日が待ってるぜ!」
猫のお供は残念ながら居ないのだった。
エルフの皆さんは目を点にしている。ネリーも含めてだ。
「………えぇっと、お二人は……舞台俳優、だった、のでしょうか?」
フルリス女王の優しさが痛かった。
グッバイ、王道ファンタジー。




