八十三 学生、何も見なかったことにする
多分宮廷学士や吟遊詩人だったのではないかという風にごまかして場を収め、スルビヤとアンドレを帰した後、俺は部屋の中で一人、物思いに耽っていた。
召喚魔法でマクマホンが消えたことからもわかるように、マクマホンの背後には必ず誰かが付いている。そのマクマホンが王城にいるということになれば、背後の誰かは王家に近しい貴族か最悪の場合王家の誰かという線が出てくる。勿論、マクマホンが昨夜、スルビヤが魔法を使ったタイミングに丁度王城に潜入していたという可能性もあるので、マクマホンの背後にいる人間が誰かは現状全く絞り込むことができない。
しかし、イタロス家の別荘の襲撃が、スティヴァレ伯爵家、ティタノ伯爵家、モンス公爵家の弱体化を導くものである。かつモンス公爵家の当主ウァティカヌス・デューク・モンス・ロマは王城に勤めているということもあり、恐らくは王様に意見具申する立場にある。この二点を考慮するならば、マクマホンの背後にいる人物はロマ家とは異なる派閥に属している可能性が非常に高い。もっと詰めるならば、エクサゴナル公爵家の派閥かドゥイチェ公爵家の派閥のどちらかだろう。
少ない俺の知識でわかる範囲で、現在貴族は凡そ三つの派閥に大別できる。モンス公爵家は対立する二つの公爵家のどちらとも距離を置いているのだ。しかし味方になるかもしれない第三勢力の力をわざわざ削ぐということは、ロマ家がどちらかの派閥にすり寄ろうとしてその敵対派閥に攻撃されたか、もしくは弱ったところを救って味方に引き入れようとしたかのどちらかの可能性が高くなる。
だが、やはりそれ以上はわからない。これじゃあ何もわかっていないのと変わらない。どうにかして王城の内部に潜入調査でも出来ないものだろうか。
そこまで考えて、自分なら可能かもしれない、とつい思ってしまった。だが、自慢の足の速さもマクマホンの速さに叶わなかったことを考えると、必ずしも逃走の有効な手段とは言い辛い。もしくは王家の人間や頻繁に王城に出入りする人間と仲良くなったり、王城に出向くような理由を無理やり作ったりすれば王城の中に入ることは可能だが、どのみち城の中を動き回るのだから怪しまれるのは避けられない。
取り敢えず、マクマホンのことは俺の最優先事項ではないので、セバスチャンに報告するだけで済ませよう。
そう思って俺は自分の部屋を出た。
夜遅く。さすがに居ないかもしれないとは考えつつも、俺は学園長室を訪れた。扉の前に立った時、部屋の中から話声が聞こえてきた。一人はセバスチャン。もう一人は・・・・・・、リンゴちゃんか?
「──────セフィロスのする話は、本当に面白いわ」
「天網を作った甲斐がありました」
何だって? 天網が出来た理由は、リンゴちゃんに面白い話を聞かせるためだったのか。もしかしてセバスチャンが俺にほとんど指示を出さない理由は、問題の解決よりも予想外の方向に転がっていくのを期待してのことじゃ・・・・・・、まあ、それは疑い過ぎか。
しかし、セバスチャンの声はリンゴちゃんと話すときだけは柔らかくなるな。二人の邪魔をするのは忍びないぜ。
報告は後日にしようと思い、俺は学園長室を後にした。
魔法学園の校舎から学生寮までの道のり。闇が支配する世界は、静寂に包まれていた。
こんな静かな夜は、きっと何組かカップルがこそこそ人目を憚る行為していると相場が決まっているんだが。
俺はそんな野次馬根性を発揮して周囲に目線を配るが、そう都合よくは見つからなかった。俺に索敵魔法が使えれば。・・・・・・いや、確かあれは使うと相手にもこちらの存在がわかってしまうんだったけな。
月でも見ようかと顔を上げた瞬間、月の光の中で影を纏った何かが高速で移動していることに気が付いた。
───────ハトだ。
ハトは真っ直ぐ学生寮へと向かい、ロバート・コンクェストの部屋の窓に泊まった。随分頻繁に情報交換しているんだなと思いつつ、ロバートが紙をハトの足に括り付け、再び夜空に飛ばすまでの様子をぼんやりと眺めていた。
ロバートは、その理由は不明だが、マルセイジュを張っていたパパラッチから情報を受け取っていた。・・・・・・いや、パパラッチにマルセイジュを張らせていたのか? だとしたら何の為に?
もしノルマン伯爵家がエクサゴナル公爵家と同じ派閥である場合、現在魔法学園にガリア家の人間はマルセイジュしかいないので、同じ派閥の家の長男に監視の仕事を任せたのかもしれない。
もしノルマン伯爵家がドゥイチェ公爵家と同じ派閥である場合、敵対勢力の子息の情報を同派閥の家の長男に頼んでいるのかもしれない。しかしこちらの場合、ケルン本人に頼んだ方が効率的だ。
最近のマルセイジュに関して報告すべきことと言えば、やはりケルンとエルゼスの密会の現場をマルセイジュが覗いていたことだろうか。というか浮気現場(?)の方が報告対象になるのだろうか。
もしかしたら、俺が気付いていないだけで、この魔法学園には俺の想像以上に監視の目が張り巡らされているのかもしれない。政治とお見合いの場、とはよく言ったものだ。
エルトリアの言葉を思い出しながら寮に戻る途中、俺は信じられないものを見て、思わず二度見してしまった。
そこには、女子の制服を着た長髪の人物がいた。どこからどう見ても女生徒なのだが、俺は知っている。あれは、アーカヴィーヴァだ。彼は女装の姿で夜の魔法学園を徘徊していたのだ。
いや、悪いとは言わない。女装が良い悪いとかそういう問題ではないのだ。
最も肝心なことは、そのアーカヴィーヴァの様子を陰ながら窺っている男の方であった。男は、俺の兄、ロムルス・イタロスであった。
月明かりに照らされた見目麗しい女性。ロンにとって、さぞ美しく見えただろう。
ロンは、まさに恋に落ちたような顔で、アーカヴィーヴァのことを見詰めていたのだ。
俺は、何も知らん・・・・・・。
二人に気付かれる前に、俺は学生寮の中に入った。




