八十一 学生、三角関係の情報を得る
翌日の放課後。ルフィにはナオミから「俺の恋人を紹介する」という体で話を訊いている状態で、アーカヴィーヴァの使う学生寮の部屋に来てもらった。特に言及はしていないので、ルフィはこの部屋を俺の部屋だと思っていることだろう。
ルフィとナオミが部屋に到着した後、満を持して完璧な女装をしたアーカヴィーヴァに登場してもらった。髪は魔法で伸ばし、制服はナオミの予備を着させた。アーカヴィーヴァの地声が高いので、要は服装と髪の長さを変えただけで、後は素のアーカヴィーヴァである。
「アクア・ヴィーヴァです」
偽名を名乗り、ぎこちない挨拶をするアーカヴィーヴァ。彼の姿をじろじろと眺めながら、ナオミとルフィは挨拶を返した。
「とてもおきれいな方ですね」
ルフィの感想は、心の底から素直にそう思って口を出たのだろう。しかし、ちらりと横目で見たアーカヴィーヴァの頬はぴくぴくとひくついており、俺は彼が内心徐々に怒りを溜めているのではないかと推測した。
「これで誤解は解けましたか?」
「はい。失礼いたしました」
ナオミに急用ができたとか何とか芝居をしてもらった後、彼女はルフィを連れてアーカヴィーヴァの部屋を出て行った。
俺はアーカヴィーヴァの方を振り返り、出来るだけ感情を殺して言葉を吐いた。
「以上が、女生徒の反応です」
おいおい、これは絶対に怒り心頭だぜ。
そう思いながらアーカヴィーヴァを見るが、彼は鏡の前に立って、じっくりと自分の姿を眺めていた。
「我ながら、想像以上だ」
気に入ったんかい! ・・・・・・まあ、それならそれでいい。
「じゃあ、俺はこれで失礼して」
「ちょっと待て」
「・・・・・・何でしょうか?」
これ以上厄介ごとを頼んでくれるなよ。
「この制服、もらっていいかナオミに聞いておいてくれ」
「はいわかりました失礼します」
俺は直ぐにアーカヴィーヴァの部屋を出た。
部屋の外には、ナオミ一人だけがいた。他に用事でもあったのだろうか、どうやらルフィの方は帰ってしまったみたいだ。
「これで、ちゃんとマルセイジュ、ケルン、エルゼス三人の関係を教えてくれるんだろうな?」
そう言うと、ナオミは制服のポケットから数枚の紙の束を取り出して、はい、と俺に渡してきた。
「ここに大体まとめておいたから」
「サンキュ。・・・・・・あ、アーカヴィーヴァが制服よこせって言っていたぞ」
「ええ! 私、お金ないんだけどな~」
俺の顔をちらちら覗いて来るナオミ。俺は堪らず溜息を吐きながら答えた。
「・・・・・・わかった。お金はやるから」
「少しサービスしておいてね」
そう言い残してナオミは去った。
俺は自分の部屋に戻り、現状を頭の中で整理した。
俺がセバスチャンから与えられた任務は、ヘレナに関する情報の収集。しかし俺が魔法学園の中で行える活動は限られており、かつ俺が自分の活動を報告しても、セバスチャンは俺に追加情報をくれることは無く、現状の活動を継続するようにしか言われなかった。
よって、俺の仕事はヘレナの人間関係の整理だ。彼女は『恋する魔法学園2~ドキ♡ドキ♡ ファンタスティックデイズ~』という乙女ゲームのヒロインであり、その攻略対象は六人いた。その中で、俺は第三王子のスコットの攻略ルートのみに進むように、ヘレナと他の攻略対象との出会いを妨害した。
というのも、ヘレナは王家の血を引く存在であり、彼女が貴族と恋に落ちて、王家以外の人物の手に王族の血が渡ることを警戒していると考えられるからだ。
現在ヘレナとの出会いの妨害に成功した攻略者数は三人であり、後二人の攻略者との出会いを妨害しなくてはならない。その内の一人、イズミルとヘレナの出会いは、ヘレナがスコットの攻略ルートを進む限り発生を止めることの出来ないイベントであるため、現状俺がすべきことはイズミルの行動理由の調査である。
しかし、ヘレナの人間関係の整理の途中で、対処しなくてはならない案件がいくつか浮上してしまった。まずは、魔法学園に潜入しアーカヴィーヴァとの接触を図ったマクマホンの狙いの把握。次に、攻略対象の一人でもあるマルセイジュを張り込んでいたパパラッチと、そのパパラッチと食事をしていたロバートの動向確認。そして偶然目撃してしまったマルセイジュ、エルゼス、ケルンの三角関係。及び、ウラル・ラッスィーヤとユークレイン・バロン・クリムに対する身の振り方の四つである。
正直前の三つは俺がどうこうすべきことでもないように思うので、現状最も警戒すべきなのはウラルである。ユークレインが転生者であるので、俺はかなり彼と接触を図りたい。故に、俺はウラルの行動についてよくよく注意しなければならないのだ。
冷静に考えるとそんなに焦るような状況でもない。俺はとても落ち着いた気分で、ナオミから渡された紙の束に目を通した。
エクサゴナル公爵家の公爵と公爵夫人は、全くと言っていい程互いを愛してはいなかったし、彼らの子供に愛情という者が向けられることは全くと言っていいほど無かった。それは政略結婚(愛の無い結婚)という理由も大いにあっただろうが、それ以上に、彼らが根っからの貴族であり、愛とか恋というものを微塵も尊んでいなかったことが、家族愛すら生まれなかった大きな要因だろう。
マルセイジュはそんな環境下で、次男として生を受けた。長男に対してはそこに愛が無いとはいえ、後継者に対する相応の扱いがされた。しかし、次男は所詮予備機。彼が親の注意を引いたのは、十歳を迎えるまでに、両の手の指で足りる程しかなかった。
しかし、彼は愛情というものの存在を知っていた。貴族として他家の茶会や晩餐会、舞踏会に参加する度に、親が子に向ける眼差しが、自分が受けるものとはまるで意味が違うものであるということに、否応なく気付かされた。
マルセイジュは、愛を欲していた。
そんな彼に最初に愛を教えたのが、エルゼスだった。彼女は姉の様な態度でマルセイジュに接した。マルセイジュはエルゼスを通して、家族愛というものを知った。
しかし、エルゼスには婚約者がいた。元はガリア家と同じ家系であり、今は互いを忌み嫌いあう間柄であるドゥイチェ公爵家の長男である、ケルン・ゲルマニアであった。マルセイジュは、自らに愛を教えてくれた者と結ばれることの無い運命に絶望した。
ところが、時の流れはマルセイジュに味方をした。政治、経済的な理由から、ケルンとエルゼスの婚約は解消。マルセイジュは人生初のお願いを両親にして、エルゼスと婚約した。彼は一瞬天に昇るような心地になったが、直ぐに幸せの絶頂から転がり落ちた。エルゼスは、元の婚約者を愛してしまっていたからだ。
エルゼスの気持ちを悟ったマルセイジュであったが、自ら頼んだ手前、親に撤回を求めることはどうしても出来なかった。故に、マルセイジュは自ら他の女に溺れた。醜聞が広まれば、ロートリンゲ家が婚約を解消すると考えたからだ。また同時に、愛を手に入れられない苦しみを癒す意味もあった。
一見矛盾しているように感じるかもしれないが、マルセイジュにとって愛とは家族愛であった。彼にとって情愛とは顧みるべきものではなかったのだ。故に、マルセイジュは家族の様な素朴な愛をくれるヘレナに恋をするのだ。またその感情は、かつてエルゼスに対しても抱いたことの無い、全く未知の想いであった。彼はその想いに戸惑い、不器用に行動しながらも、ヘレナとの愛を紡いでいくのだ。
俺はただ、純粋にこう思った。ヘレナに進ませる攻略対象のルートミスったあああ!、と。
え、こんなことある!? あいつ、ただのヤリ男だと思ってたのに。いやでも、俺は一途な人間の方がやっぱり好きだ。いや、しかし好きな人の為に身を引くというのは、やり方が俺には認められないことを除けば、まあ、正しい選択の様な気もする。
ナオミに渡された文章を読んでうんうん頭を悩ませている内に、いつの間にか夕食の時間が来ていた。そろそろ飯を食べようか。
そう思った瞬間、俺の部屋の扉がノックされた。
誰だろうと思いながら扉を開けると、そこに立っていたのはウラル・ラッスィーヤであった。
俺は何も見なかったことにして直ぐに扉を閉めた。




