七十九 学生、建国神話を知る
王国建設の時から少し遡り、神代から話を始める。
ある時、エデンの園に一人の人間が忍び込んだ。その者は箱庭の中心にある樹から永遠の命を得ることが出来る実を盗み出し、それを喰らって不死身となった。
不死となった人間は、どれほどの悲しみの中にいても死ねず、どれほどの苦しみの中にいても死ねず、悠久の時をもって自らの行いを悔いた。
時は下り、建国の少し前。
不死となった人間は、空腹のまま彷徨っていた。戦乱の世が続き、至る所から食べ物が無くなっていたからだ。
ある日、彷徨う者は不死鳥の噂を聞いた。何度殺しても蘇る黄金の怪鳥。彷徨う者は、その鳥の卵を手に入れられれば、飯に困ることは無いと考えた。
ありとあらゆる噂を調べ上げ、彷徨う者は遂に不死鳥の巣を見つけた。黄金の羽と紫紺の瞳を持つ親鳥が巣を離れるまでひたすら待ち続け、去った隙を見てその卵を奪い去った。
巣から離れた安全な所に行き、さあ食べてしまおうと卵を割ったまさにその時、今まで彷徨う者の行動を覗いていたエデンが、卵に神の力を使った。
卵の中身を見た彷徨う者は大いに驚いた。卵の中から、黄金の神と紫紺の瞳を持つ赤子が現れたからだ。
さすがに人を食うのは忍びないと思った彷徨う者は、僅かな食料を全て赤子に与えながらその子を育てた。
やがて、赤子は見目麗しい少年へと成長した。
ある時、少年が彷徨う者に尋ねた。「どうして親様はご飯を食べないのか」と。
彷徨う者は答える。「争いばかりが起きて、この地には食べ物がないのだ」と。
それを聞いて大いに怒った少年は、争う者達一人ひとりに今すぐ争いを止めるように話に行ったが、誰一人として少年に耳を貸す者はいなかった。
どうしたものかと困り果てた少年の前に、一羽の鳥が現れた。黄金の羽と紫紺の瞳を持つ怪鳥。その鳥を一目見た瞬間、少年は怪鳥が己の生みの親であることを察した。
鳥が少年に語り掛けた。「ようやく見つけた。同族で殺しあう愚かな生き物の下から離れ、私と共に暮らそう」と。
少年は答える。「ありがとう。しかし、否応なく争いに巻き込まれる無辜の人々をどうしても救いたい」と。
真っ直ぐな瞳の少年に、鳥は尋ねる。「ならば、私があらゆる敵を打ち滅ぼす強靭な肉体と、あらゆる逆境を乗り越えられる強靭な精神をお前に与えよう」と。
しかし、少年は首を振って言った。「それは、争う人々にこそ与えてほしい。彼らは、争いを止める力が無いからこそ、争いを続けるのだ」と。
少年の回答に感心した鳥は、少年に告げた。「素晴らしい。お前は既に、争いを超越した精神を持っている。ならば私は、お前のその気高き精神を、愚かな者どもに分け与えることが出来る力を、お前に授けよう」と。
体から流れる血が河を作り、天へと昇る魂が狭き門の前で立ち往生している戦場へと訪れた少年は、鳥の力を用いて歌を歌った。
見よ。戦場で剣や槍を振るう人々が、一人、また一人と、少年に合わせて歌を歌いだしたではないか。
やがて戦場は歌で満ち、人々は争いを止め、死者を弔い、各々の故郷へと帰っていった。
故郷に戻った人々は、戦場で起こった奇跡を人から人へと語り継ぎ、今後二度と争いが起きぬよう、少年を王とした国を造った。
ユヅルの話を感心して聞きいていると、全く予想外の方向から聞こえてきた拍手に、俺はびくりと体を震わせた。
そこに居たのは、氷の様に冷たい空気を纏った少女であった。少女は俺にゴキブリを見るかのような視線を一瞬向けたかと思うと、直ぐにユヅルに対して微笑んだ。
「そんなにスラスラと話せるなんてすごいじゃない」
言葉を投げかけられたユヅルは恐怖に身を強張らせていた。一体、この少女は誰なのだろう。訝る俺の視線にすぐさま気付いた少女は、やけに恭しく自己紹介を始める。
「私はルーシ伯爵家の長女、ウラル・ラッスィーヤです。以後お見知りおきを」
詰んだ。少女の自己紹介を聞いた瞬間、俺はただそう思った。ルーシ伯爵家の令嬢がご執心の相手は、魔法学園に一人しかいない。
ユヅル・バロン・ホイップとは偽名であったのだ。
「・・・・・・ユークレイン君。すまない、急用を思い出してね。ここで失礼するよ」
俺はそそくさとその場を離れた。
俺にユークレインと呼ばれた少年はやや驚きの表情を見せ何かを言いかけるも、何かを察したのか結局何も言わなかった。
彼の本名はユークレイン・バロン・クリム。絶対に関わってはいけない人間の一人であり、攻略対象に一人でもある男だ。
ちくしょう。まだ時間があると思って、ナオミから絵をもらっていなかったのが失敗だった。何がホイップだよ。ホイップクリームかっての。それになんだよユヅルって。フィギュアスケーター何ですか。それともクレインを鶴に直したんですかこの野郎。俺をだましやがって。
確実にウラルに目を付けられてしまったことに深く動揺していた俺だが、あることに引っ掛かりを覚えていた。
そしてふとあることに気が付き、俺はユークレインの許を立ち去る途中で後ろに振り返った。
「そうだ。ユークレイン君は、ニホンって知っていますか?」
それは、単なる疑問だった。もしクレインを鶴に直していたとしたら、彼が日本人の可能性があると思ったからだ。
「・・・・・・ジャパンの間違いでは?」
悲しそうな表情から一転、喜びを噛み締めながらユークレインは返事をした。
「そうでした。失礼します」
俺は駆け足でその場を離れながら、怪我の功名で得た貴重な異世界転生者の情報に、思わず拳を握っていた。




