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二十五 少年、自分の感情を知る

 養子の話を聞いてから気を張り詰めていた俺に、マリアが心配そうに声を掛けた。

「大丈夫ですか?」

 精神年齢はとっくに大人であるはずなのに、俺は不満を顔に出してしまっていた。それが情けなくて、マリアに申し訳なくなった。

「ああ、ちょっと考え事をね。それよりマリア。今日はどこに行ってたの?」

 あからさまな話題の転換であったが、マリアはそれに気付きつつ言葉を紡いだ。

「今日は昔馴染みに会ってきました。話が弾んでしまった為に、少し帰るのが遅くなってしまいました」

「それくらい平気だよ。それに、マリアが楽しかったのなら、それでいいじゃない」

「そう言っていただけて光栄です。所でルシウスさん。巷では最近、人攫いが現れるそうですよ。さすがに森の中には現れないとは思いますが、くれぐれも、気を付けて下さいね」

 人攫い。前世の俺ならば恐ろしさで震えあがってしまうような単語だが、この世界では非常に耳にする機会が多い。何でも、少し金を手に入れた奴が、自分の血を貴族の様に優れた魔法使いの家系にしようしたり、魔法の能力に対し劣等感を抱いている貴族が、更なる力を手に入れようとしたりして、至る所で魔法に関する優秀な能力を持った子供達を攫うからだ。前世で例えるならば、交通事故くらい身近なものなのだ。

「わかった」

 そう返事はしたが、俺はさほど気にしていなかった。俺は森に行くことを除けば、町の中からほとんど出ることはない。故にマリアの言う通り、獣たちが住まう森の中に人攫いが出るはずもなく、また人攫いが町中にまでやってくる可能性を微塵も考えていなかった。

 だから、バルが攫われた、という話を聞いた時、稲妻に身を焼かれたような衝撃と当惑を感じ、直ぐに助けなければならないと思った。

 だが同時に、俺の胸の中に生まれた感情を、俺は整理することが出来ずにいた。

 それは、喜びだった。



 今までずっと見ないようにしていた心の奥底の蓋が開き、そこから得体のしれない毒虫が這い上がって来るようなそんな感覚だった。きっとそいつは閉じ込められた蓋の下で、他の同様の虫と食い合い、ひっそりと、着実に、その身に呪いを溜めていたのだ。

 この呪いを何というのだったか。そう、蟲毒だ。

 その毒はいつの間にやら、俺の全身に回り、俺の思考をおかしくしてしまっていたらしい。出なければ、知り合いが攫われて、喜びなどという感情が現れるはずがない。

 どうして俺は、喜びなんて抱いてしまったのだろう。クソ貴族の養子候補がいなくなって、クソ貴族がつぶれるかもしれない未来が見えるのがそんなに嬉しいのか。そんなくだらない満足の為に、バルが攫われたことを俺は喜んだのだろうか。

 ちがう。何かが、根本的に違う気がする。だが、具体的に何がどう違うのか、俺は言葉にすることが出来なかった。

 いつもなら真っ先に動き始めるはずの体が、今回ばかりは動かなかった。俺は、社会人だというのに、自分の気持ちに整理が付けられないとか、そんなくだらない理由の為に、人を助けることが出来ないのか?

「心配ですね」

 マリアが言った。

「・・・・・・ああ、心配だ」

「少しでも、情報が入ってくれば良いのですが」

「・・・・・・ああ、情報だ」

「大丈夫、絶対に大丈夫ですよ、坊ちゃん」

「・・・・・・ああ、大丈夫」

「坊ちゃん」

 マリアが優しく俺を抱きしめてくれた。優しい彼女はきっと、俺がバルを心配するあまり上の空になっていると思っているのだろう。だが、ちがう。そうじゃない。俺はそんな善良な人間なんかじゃないんだ!

 俺はロクでもない奴なんだ! どうしようもない奴なんだ! 俺はバルがいなくなってくれて喜ぶようなクソ野郎なんだ。・・・・・・でも、何でこんな気持ちになるのか、さっぱりわからないんだ・・・・・・。



 気が付いたら、俺はベッドの上で目を覚ました。既に日はかなり高く、普段よりもだいぶ寝過ごしてしまったことがわかる。

 何をやっているんだ、俺は。

 家の中を歩き回ると、マリアがいないことに気付いた。マリアの両親に尋ねると、朝早くに出掛けたそうだ。俺は町の人々に話を聞いて、マリアが町の外へ出たということを知った。

 こんな時に!

 どうやら、人攫いの情報を求めて、隣の町へと向かったのだとか。マリアはきっと、俺の憂いを早々に取り除こうと奔走してくれたのだ。でも、自ら危険に飛び込むなんて!

俺は半ばパニック状態で隣の町へと走った。ウマを借りるという発想も持たず、馬車で半日の道のりを。

 そして何故か、日が明るい内に隣町へたどり着いた。自分の足の速さに驚きつつ、マリアの姿を探した。程なく、マリアは見つかった。

「マリア!」

「坊ちゃん! どうしてこちらへ?」

 マリアは驚きの表情をもって俺を迎えた。

「マリアのことが心配だったからに決まってるだろ!」

「私のことは心配していただかなくても大丈夫でしたのに」

「心配するに決まってる! 大切な家族なんだから」

「・・・・・・ありがとうございます」

 彼女は微笑んだ。その微笑みは、いつもの彼女のもので、その温かさが、俺をとてつもなく安心させてくれた。

 町の入り口にまでやって来て、マリアがこの町で集めた情報を俺に教えてくれた。

「話を聞くところ、人攫いの根城はこの町と私達の町の丁度真ん中あたりにあるようです」

「それを知ってどうするんだ? 襲撃でもするのか?」

「はい、もちろんです」

 冗談のつもりで言ったのに、彼女は至って真剣な面持ちで答えた。

「いつものルシウスさんなら、迷わず飛び込むでしょう?」

「・・・・・・確かに?」

 思い出せる限り、こういう時、俺は真っ先に突っ込んでしまっている気がする。

「でも俺、対人戦闘とかできないよ」

「それは私が対処します」

 あれ!? マリアって実は戦闘メイドだったの?

 俺は混乱のまま金の笛を吹き、マリアと共にジブリールに乗って賊の根城へと向かった。



 しばらくジブリールで飛翔していると、地上にモンゴルの移動式住居の様なものが点々と立っているのが見えた。なるほど、あれを用いて移動しながら人を攫っているのか。

あれ? それだとしたら、マリアはどうやって移動する拠点の情報を割り出したのだろう?

「ねえ、マリア」

「何でしょう?」

「どうやって人攫いの居場所がわかったの」

「町に潜む人攫いの斥候に聞きました。彼らは予め町に斥候を放ち、攫う対象を絞り込んでいますから」

「いや、あの、じゃあその斥候はどうやって見つけたの?」

「町中の人を総当たりで調べ、怪しい人物を全て当たりました」

「一体どうやって!?」

 混乱する俺の様子を見て、マリアがくすくすと笑った。

「お忘れですか、坊ちゃん。私は召喚魔法の使い手ですよ」

 そう言って、マリアは指笛を吹いた。どこまでも響く音が空気を震わせたかと思うと、周囲に無数の光る物体が現れ、直ぐにそれらは鳥の形を成した。

「行きなさい」

 マリアの声が号令となり、鳥達は人攫いの集落を襲い始めた。アメリカのパニック映画の様な光景を目の前にしながら、ジブリールは悠々と地に降り立った。

「骨がありませんね」

 マリアの残念そうな声を聞いて、恐る恐る尋ねる。

「マリアってさ、バルが人攫いに攫われたって聞いた時、どう思った?」

「お気の毒に、とは思いました」

「心配じゃなかった? こう、助けに行かなくちゃ、とか思った?」

「? 心配だったのは坊ちゃんの方では?」

 そうだ。忘れていた。この世界の死生観はかなり厳しいのだった。助ける力を持っていても助けなくちゃならない、という義務感は持っていないのだ。

 じゃあ俺のバルを助けなくちゃならないという感情は、前世の倫理観のせいで生まれたものだとして、バルがいなくなって良かったという気持ちは、どこから生まれているのだろうか。

 その問いに対する答えが見つかりかけた時、一頭のウマが集落を飛び出していくのが見えた。乗り手と、何か荷物を運んでいる。・・・・・・子供か?

「ジブリール!」

 黄金の翼をはためかせ、その巨体はふわりと浮いた。地を這うほどすれすれを飛行して、黄金のワシはウマへと肉薄する。

 紫紺の瞳は、既に獲物を捕らえていた。その嘴は実に正確に、馬上から御者だけをだけを弾き落とした。

 しかし! ウマは止まらない。

 俺はジブリールの背中から飛び降りて着地し、ウマの背を追いかけた。やがてウマの脇に並ぶと、安堵の表情を浮かべるバルの顔と、ウマの鞍に厳重に縛り付けられている姿が見えた。

 乗馬経験は、前世の数回しかないんだけどな。

 俺はウマに飛び乗り、手綱を握った。どうすればいいのかよくわからないけれど、とりあえずどっしり構えてれば、自然と馬も落ち着くだろう。

 そんな安直な考えが、意外にも上手くいってしまった。ウマは徐々に速度を落とし、やがて停止した。こうも上手く事が運んだのは、もしかしたら、このウマが優秀なだけなのかもしれないが。

 俺はバルを安心させるように、彼の頭を優しく撫でた。そして思い出す。クソおやじがバルの頭を撫でた時に、自分の中に沸いた感情を。

 途端に恥ずかしくなり、俺はバルと顔を見ることが出来なくなってしまった。


 ───────俺は、バルに嫉妬していたのだ。


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