二十四 少年、噂を聞く
エイブが町を去ってから数日後、非常にばつの悪そうな顔をした神父が、俺の家を訪ねてきた。珍しいこともあるものだと思い出迎えると、彼は玄関で深々と俺に頭を下げた。
「本当に申し訳ない!」
謝罪の理由が微塵もわからず、また玄関という外からも見えてしまうところでの謝罪に困惑し、俺は神父に直ぐ顔を上げさせて家の中へ上げた。
マリアは朝から出かけており、また彼女の両親は家の奥に居て出てくる気配が無かった。
「今日は一体どうされたんですか?」
俺の質問に、神父が恐る恐る言葉を口にする。
「この前君が渡してくれた、干しトマトの瓶があるだろう。私はやはり、あれが素晴らしい発明だと思って、伯爵様に進呈しに行ったのだよ。その時、私は、製作者として君の名前を出してしまったんだ」
まあ、神父は嘘つけない人だからなあ。俺はこうなることを薄々予想はしていたので、特に気にすることも無かった。
「言ってしまったものは仕方がありませんよ。神父様も、悪意があったわけではないでしょうし」
「話はそれだけではないのだよ。伯爵様の屋敷で聞いてしまったのだ。町の子供たちの中から養子を取ることを考えているって」
「──────────養子!?」
どういうことだ? 養子だと? 後継ぎは二人もいるじゃないか。まさか、ロンとレンに何かあったのか? いや、伯爵家の後継ぎがもし命を落としたならば、この町で噂にならないはずがないんだ。
突然の展開に俺は気が動転しそうになったが、俺以上に気が動転しそうになっていた神父の姿を目にして、少しだけ気持ちが和らいだ。
「それは、神父様の聞き間違いでは? 伯爵家には息子が二人もいるのですよ。養子を取る理由がありません」
「だが、もし聞き間違いではなかったら? 養子に迎えるのならば、きっと優秀な人間を選ぶだろう。ラック。君は魔物を退治し、更には魔道具に自動で魔力を補給する道具まで作ったのだ。その功績は十分過ぎる程ある。君が貴族嫌いであることは重々承知していたはずなのに。私は取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない」
神父の心配をよそに、仮に伯爵家が養子を探していたとしても、俺は自分が選ばれる可能性が露程も存在していないという思いに僅かな疑いも抱かなかった。一度捨てた子供を養子として再び家族の中に迎え入れる人間など、いるはずがないのだ。
その誕生を一度否定しておいて、何故それを撤回すらもせず、他所で生まれたということにして、自分の子供とするのか。そんな人間など、ただの気違いだ。
「安心してください、神父様。きっと、聞き間違いですよ。もし真実だとしても、俺が選ばれるはずがありません。俺は魔法がからっきしなんですよ。貴族が求めるのは優秀な魔力を持つ人ですよ」
その後も不安に苛まれ続ける神父をひたすら安心させ、ようやく落ち着いた所で教会へと送り届けた。
それにしても、養子か・・・・・・。
スティヴァレ伯爵家の養子。その言葉を聞いた時、俺の頭に真っ先に浮かんだのは、バルの顔だった。
はっ! そりゃそうだ。あいつはクソおやじのお気に入りなんだから。
妄想に妄想を重ね、勝手にバルに対し恨みを募らせそうになった自分を嫌悪しつつ、俺はほんの少しだけ、養子について探ってやろうという気持ちになった。
町長に聞けばわかるかもしれないと思ったが、直ぐに足が止まった。もし町長が何も知らなかった場合、俺が「伯爵家が養子を探している」という噂の発生源になってしまうと気が付いたからだ。もしそうなっては、俺は聞きたくもないクソ貴族の噂を毎日毎日耳にしなくてはならなくなってしまう。
いや、ここでもたもたしていると、神父の口から広まってしまうかもしれない。そうすると俺が言わなくてもどの道町に噂が広がってしまうのなら、先に手を打った方が良いかもしれない。
机上の空論を重ねるうちに身動き取れなくなってしまった俺の視界に、町の入り口でたむろする顔馴染みの商人の姿が飛び込んできた。町長に聞くよりも、きっと有益な情報が手に入るだろう。
そう思った俺は商人の許へ行く。
「お久しぶりです」
「おお! お前はラックか。大きくなったなあ。一年ぶりくらいか?」
「はい。森の向こうの花畑について教えてもらってからですから、そのくらいだと思います」
「結局、お母さんの容体はどうなったんだい?」
「はい。お蔭様ですっかり元気になりました」
「そいつは良かった。しかし、あん時はあんまり為にならない情報しか持ってなくて申し訳ないねえ」
「いえいえ。本当に、貴方のお蔭でお母さんの体調が良くなったんですよ。心の底から感謝しています」
「本当かい? そいつはお世辞でも嬉しいねえ」
「いやだなあ。ほんとですって。それに、一度しか会ってないのに俺のことも覚えていてくれるなんて。さすが商人! 素晴らしい記憶力です」
「はは! 褒めろ褒めろ! 気分が良いから、また面白いことただで教えてやるよ」
「またただで! 本当に懐の深いお方だ。しかし、幸か不幸か、今は切羽詰まってないのですよ。ですから緊急の要件というのも特になくて。強いて言うなら、友人が冒険者になって町を出ていてから、退屈で退屈で」
「ほお、冒険者に? もし将来の英雄様なら、今のうちに名前を知っておきたいなあなんて」
「それは良い目の付け所、あ、いえ、耳の付け所ですよ。そいつの名前はアブラム。皆はエイブと呼んでいました。あいつは間違いなく凄腕の冒険者になりますよ。今から懇意にしておいて損はありません」
「ほお! それは飛びっきり良い情報だ! 冒険者と商人の関係は切っても切れない深い仲。そんな未来の上客の情報をもらったとあっちゃ、こりゃお前さんの退屈を吹き飛ばすような、特大のネタを話すしかないねえ」
「おやおや、そんな素敵な情報があるんですか?」
「あたぼうよ。商人にとっちゃ情報が命。「最近は良い話を聞かないねえ」なんて言ってる商人でも、実は特ダネの一つや二つや三つや四つ隠し持ってるってもんさ。しかし、方や田舎の商人。方や音に聞く情報通。そちらが求める情報を持っているかどうか」
「なあに、俺ももうすぐ成人。色恋に飢えてるませたガキなんです。もう貴族の色恋なんかにゃ目が無い目が無い」
「色恋だって! 独身ですからこちらも目が無い話題だねえ。しかしすまない、分野違い。恋を語るは詩人の仕事ってえわけ。しかし商人の意地って奴が、一つ、情報を網に掛けたぜ」
「そいつはどんな素晴らしい魚ですか?」
「何でも、この町のお上、スティヴァレ伯爵家が養子を取るって話を聞いたぜ」
「ほお、養子ですか」
「何でも、魔法学園という貴族様たちが通う魔法を訓練する場所があるみたいなんだが、どうやらそこで、長男が平民出身の女と恋に落ちて、身分を捨ててでも結婚するって聞かなくて」
なんだかどこかで聞いたことしかない話だ。ここって乙女ゲームの世界だっただろうか。
「だから次男にもしものことがあった時の為に養子を取ろうって考えたみたいよ」
つまりは予備の予備ってわけだ。
「そいつはすごい特ダネだ。今日はこの話だけでお腹いっぱいですよ」
「本当にいっぱい? まだまだあるよ」
「本当にただの内に身を引いとかないと、どこで借金するかわかりませんから」
「こいつは堅実な男だ。どこぞの商人とはわけが違う」
「本当に、ありがとうございました」
「なあに、いいってことよ」
俺は商人の許を離れ、家へと向かいながら考えをまとめた。
商人から裏も取れたし、養子の話は間違いないだろう。そして、神父が聞いた、町の子供から選ぶという話の信憑性も高い。しかし、その場合、やはり俺が選ばれることは無い。
貴族を貴族たらしめるのは、その類稀なる魔法の力。もし後継者を選ぶというならば、そのものは魔法に関する優れた能力を持っていることが前提に来る。
そしてその場合に最も当てはまるものであったエイブは既にこの町にはいない。例え俺が功績を上げているとしても、あのクソ貴族は俺が魔法を使えないことを承知しているのだ。
それならば、一体誰から選ぶというのだろうか。
俺は、自身の子供を見る眼差しに、常に疑いが籠るのを感じていた。




