二十三 少年、友人と別れる
俺の育ての母親、マリア。彼女は元々貴族に使えていたメイドだ。つまり、トマトの栽培方法について何か知っているかもしれない。イェイ! 俺勝ち組!
実際話を聞いてみると、庭のことについては庭師がしていたということだったしかし! 彼女には親しくしていた庭師がおり、その人からトマトの栽培方法について少しだけ話を聞いていたのだとかさすが!
俺は神父から手に入れた情報とマリアから聞いた情報を組み合わせて、トマト栽培に熱を入れた。
俺が十三歳になる頃、神父とエイブに内緒で一つの発明を完成させた。その名も、魔力電池である。またの名を干しトマトの糠床。
元来生き物は皆魔力を持つが、例えば木から落ちた葉っぱは魔力が抜けていくしかなく、やがては空になる。しかし、トマトの実は魔力の保存期間が非常に長いのだ。故にトマトの魔力が大量に付着したトマトの汁に魔道具を付けることで、トマトの魔力を魔道具の中に溜めようと神父は考えていた。
しかしトマト汁はかさばるし何より蒸発してしまう。そこで前世の知識が大活躍! ありがとうボルタ! 乾電池だよ! 乾いているのがいいのだ!
そう思った俺はさっそく干しトマトを制作。すると、魔力の保存力は自体はトマト汁よりも短いが、トマト汁のように蒸発して無くなる心配もない。
これを使えば、俺は平民の約〇・六倍の速さで魔道具に魔力を溜めることが出来る。魔力電池のおかげで、俺はようやく半人前になることが出来たのだ。
しかし、この魔力電池の効果が試せる魔道具が魔除けの石しかないのがあまりにも悲しく、俺は神父に協力を取り付けることにした。
神父の目の前に魔力電池を出すと、当然彼は驚きの表情を見せた。
「これは・・・・・・」
「これは密かに開発していたトマトで魔道具の魔力を補充する為の瓶です。干しトマトが出来るまで約十日。制作してから約二十日は安定して使えます。平民の約〇・六倍の速さで魔力を溜めることが出来ます」
「〇・六倍? それはすごいね。トマト汁だと〇・四倍が限界なのに。何が違うんだろう。液体の方が魔道具に触れる表面積が大きいはずなんだが」
この一年で、神父の俺に対する敬語はすっかり抜けた。しかし、マリアの敬語は一向に抜ける気配がない。何が違うんだろう。彼女の方が一緒に居た時間が長いはずなんだが。
「恐らく、トマト汁は保存力が高すぎて魔道具に魔力が移り辛いのだと推測されます。故に干しトマトは摘み取りから約三十日しか魔力を蓄えておけませんが、トマト汁は約五十日蓄えておけます」
「なるほど。トマト汁と干しトマト、それぞれに長所と短所があるわけだ。・・・・・・しかしこれは、すごい発明だよ、ラック。どうかな、伯爵様に進呈してみてはどうだろう?」
「・・・・・・どうしてもそうすると言うのなら、神父様の方からしていただけないでしょうか?」
「しかし、これは君の」
「俺は、貴族って生き物が嫌いでしてね。あんな生き物の為にこの魔力電池を作ったわけでは決してないんですよ」
「そうか・・・・・・、だが、しかし」
「この試作品はここに置いておくので、好きに使ってください。それでは」
俺は教会を後にした。
家に帰る前に森によると、今日もエイブは魔法の練習をしていた。冒険者というものがどれほど過酷な仕事なのか俺はまだ知らないが、恐らくエイブの力は一流の冒険者に必要な技術の遥上にまで到達しているような気がしてる。
というのも、今のエイブは指パッチン一つで、町の天候を変えてしまうことが出来るほどの力を持っているからだ。
実はこの男、転生者なんじゃないだろうか。
そんな疑念を胸に秘めながら、俺は彼に声をかけた。
「よお、エイブ。今日は何をしてるんだ?」
「ラック。今日はね、多重発動っていう、まあ地味なんだけどすごいやつの練習、かな。複数の魔法を一度に発動する特訓をしているんだ」
なんかこいつ、本当に異世界ものの主人公かなんかではなかろうか。
「一撃がすごく強い魔法の方が効果的だとは思うんだけど、師匠が必要だっていうからさ」
「いや、何かもう、頑張ってくれ」
俺が森を散歩しようと準備運動をすると、その様子を見たのかエイブが言う。
「ボーパルバニーを見かけたら、僕の所に連れてきてよ」
「・・・・・・はいはい」
何という自信家だろうか。俺は言葉通り舌を巻いた。
バルが怪我をして以来、町の大人たちによる見張りは厳しくなり、森の中に入る子供たちはほとんどいなくなった。ほとんど、というのは、俺とエイブがこっそりと入っているからだ。
だからまたボーパルバニーが現れても、巻き添えを喰らう子供はいないだろう。
しばらく森の木々を枝から枝へ飛び回っていると、幸か不幸か、ウサギの化物を見付けた。
「あーあ、見つかっちゃった」
ウサギの目の前に降り立った俺は、化物の顔に石を当てる。こちらに気付いたボーパルバニーが追いかけてくるのを確認しながら、俺はウサギを振り切らない程度の速度で化物をエイブのもとへと案内した。
よくよく考えてみると、クマより早いこのウサギと手を抜いて追いかけっこしている俺は、実はかなり足が速い部類なのではないだろうか。しかし比較対照のクマの速さを良く知らないからなあ。今度ウマと競争してみよう。
そんなことを考えていると、視界の端にエイブを捉えたので、俺は速度を上げてボーパルバニーよりも先に彼のもとへとたどり着いた。
「ほい。一名様ご案内」
「ありがとう」
森の間隙に走り込んできたウサギの化物を見据えたエイブは、パチリと一度だけ指を鳴らした。瞬間、頭上の天気が変わり、一瞬にして分厚い雲が生成された。
風に巻き上げられて空中で身動きが取れなくなったウサギの化物の体を、すかさず稲妻が音よりも早く焼き尽くした。
後に残ったのは、ぴくりとも動かないボーパルバニーの死骸だけであった。
雨も降らすに雲が晴れて青空が広がった後、俺は思わず拍手をした。
「今のが、風を操る風魔法と雷を起こす火魔法の多重発動か」
「うん。そうだよ。まあこれぐらいだったら、別々に発動しても変わらないような気もするんだけどね」
「いや、すごいよ。これで心置きなく、冒険者になれるってもんだ」
「そうだね。あっという間だ。僕は明日、いよいよ成人だよ」
そう言って、エイブは皮肉めいた笑みを浮かべた。
正直に告白しよう。俺はつい昨日まで、エイブが年上だということも、明日成人を迎えるということも知らなかったのだ。
「ひどいよねえ。一番の友人だと思っていたのに。まさか年齢を知らなかったなんて」
「いや、悪いと思ってるよ。申し訳ない」
「本当にそう思っているのやら。どうせ、僕の本名も知らないんだろう?」
「知ってる。それは知ってるよ。アブラムだろ?」
「あー、そういうこと言っちゃう」
「あれ、まさかアブラハムだった? そんなはずは」
すると、エイブが大きな声を上げて笑った。森の中に彼の笑い声がこだまする。
「合ってるよ。アブラムで合ってる」
「・・・・・・なんだよ。脅かすなよ」
人の名前を間違えるのは大変失礼なことであるということは、前世の経験上嫌というほど染みついていた。そのお陰だろう。俺は名前に関しては敏感だった。
「なあ、ラック。君は、冒険者になる気は、ないんだろう?」
「ああ。俺は、この町で生きていくよ」
「そっか。知ってた」
エイブは嬉しそうに、雲一つない青空を見上げた。
次の日。エイブの成人が町を上げて祝われた。正確には、今年成人する全ての子供たちが一堂に祝われたのだが。
その日ばかりは、俺もお祭り騒ぎの気分に大人しく従った。
祭りの終わり、俺は選別として、魔力電池の試作品と設計図をエイブに渡した。金に困ったら売ってくれればいい程度にしか思ってなかったが、彼は思いの他嬉しそうにしていた。
祭りが終われば、子供たちは家へと帰る。彼らは、明日から大人なのだ。
エイブは、早朝には家を出ると言っていた。両親には既に冒険者になることを伝えているそうだ。この世界で冒険者になることが喜ばれることなのか非難されることなのか、俺には知る由もなかった。ただ一つわかることは、未練が出てくる前に、彼がこの町を去ろうとしているということだけであった。
俺は嬉しさと悲しさが半々に混じり合った気持ちを一つ一つ解きほぐしながら、エイブとの思い出を一つ一つ振り返りながら夜を過ごした。




