二十六 少年、養子になる
一部修正しました。2020/4/18
倫理観が「自分と相手は同じだ」と見るものなら、価値観、特に他者に対する価値観は「自分と相手は違う」と見るものだろう。前者が社会的背景によって培われるものなら、後者はその多くを個人的体験に依拠するだろう。
詰まる所俺は、バルが誘拐されたことに対し、個人的な体験から、その事実に喜びを感じていたということだ。そして、その奥底にあるバルに対する思いが嫉妬であるというのならば、俺は、前世と父親と現世の父親を重ねて見てしまっていたことになる。
だってそうだろう? ほんの一瞬しか関わらず、半ば他人の様な奴に捨てられたからって、俺はその後の生活にだって大して困っていないというのに、異世界に転生して新しい生活を送ろうっていう人間が、あんな執念深い感情を、嫉妬を、普通抱くはずがないのだ。
シット! ちくしょう! なんてこった!
俺はそんな感情に十三年間も、いや、前世を含めればそれ以上長く振り回されていたってことなのか! 情けない。何て情けない大人なんだ。・・・・・・いや、子供か?
俺は体が縮んでしまった為に、心まで狭くなってしまったっていうのか!? 小学生の名探偵でもでもそんなことは起きていないぞ!
ちくしょうめ。恥ずかしい。情けない。ちくしょう。悔しい。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう・・・・・・。
帰りの途に就きながらそんな羞恥心に襲われていた俺は、バルにもマリアにも顔を向けることが出来ず、二人に心配をかけてしまった。
町に着くと、毎度のことながら大喜び。現金な人達だとは思いつつも、俺もバルの帰りを素直に喜ぶことが出来た。
その日の夜、手紙を書くと言ってマリアが部屋に籠り、会話の相手もおらず手持ち無沙汰になった俺は、こっそり家を抜け出した。自室に閉じこもっているよりも夜風に当たっていた方が、羞恥心で熱の籠った体も早く冷めていくと思ったのだ。
町を歩くと、町長の屋敷を多くの人が出入りしているのが見えた。話を聞くと、どうやら人攫い討伐の確認にやって来たスティヴァレ伯爵の使いを手厚くもてなしているのだとか。前世の政治家もそうやって恩の貸し借りに時間を割いていたのであろうなあと思うと、ついつい皮肉めいた笑みが浮かんでくる。
バルの家の手前までやってくると、彼が家の外でぼんやりと夜空を眺めて座っていた。
「よおバル。何してんだ?」
俺が声を掛けると、バルは破顔した。
「ラックさん! あの、星を見ていたんです。その・・・・・・、何だか、眠れなくって」
わかる。と、俺も心の中で呟いた。
「まあ、人攫いに攫われてたんだからなあ。そりゃ眠れないわけだ」
「ええっと、人攫いの方達は、その、健康を害したら商品価値が下がるから、早く寝ろとうるさくって」
だからぐっすりでした。そう言ってはにかむバルを見ていると、ああこういう体験からヤクザ萌やら殺し屋萌が生まれてくるのだろうと考えてしまう。
「その、今日は、本当にありがとうございました」
「そう何度も礼を言わなくたっていいよ。俺がやりたくてやっただけだから」
この世界はそういう世界なのだ。助ける力があるから助けるわけじゃない。助けたいから助けるのだ。異世界での命の軽さ。それに向き合うのは他の何者でもなく、己自身なのだ。
「僕も、いつか、ラックさんみたいな人間になりたいです!」
目を輝かせているバルを見ていると、そんな人間じゃないと声を張り上げたくなり、無性に謝罪したい気持ちに駆られた。
「なるなら俺じゃなくて、自分自身になるんだよ、バル。その人を助けたいって気持ちは、紛れもない、お前自身のものなんだから」
そんな臭いセリフがさらっと出てきて、俺は自分自身でも驚いた。
ちくしょう。俺はこんなこと人様に言える人間なんかじゃ無いっていうのに。
「はいっ!」
バルの威勢の良い返事が、夜の町に染み渡る。体の熱を冷ますために家を出たのに、これじゃあ余計眠れなくなってしまったじゃないか。
俺はバルと別れた後、人知れず深い溜息を吐いた。
後日。大事な話があると言われ、俺は真剣な面持ちのマリアと正面から向かい合った。
「ルシウスさん。貴方に、イタロス家の養子にならないか、という話が来ています」
うん、知ってた。
俺が想定していた以上に、マリアの言葉を冷静に受け止めることが出来ている自分に俺は驚いた。
「・・・・・・受けるよ」
俺の返答に、何故かマリアの方が驚いていた。
「本当によろしいのですか? その、ルシウスさんは貴族がお嫌いなのでは?」
「正直今も嫌いなんだけど、バルの怪我を治してくれたこととかも含めて、色々と考えを改めなきゃなって思ってさ」
それに、マリア自身が言っていたことだ。
“──────いつかきっと、家族で過ごせる日が来ますから”
俺も四の五の言ってないで、好い加減、前世のトラウマを乗り越えなくちゃならない時が来たのだ。きっと、あの残念女神様がそう言っているに違いない。
「それに、マリアも付いてきてくれるんでしょ?」
「・・・・・・そうですね。どうやら伯爵方も、私をメイドとして雇用してくれるそうです」
ならばいいさ。マリアがいるならどこだって構わない。・・・・・・いや、違う。イタロスの家じゃなくちゃ駄目なんだ。
出発の日。町の人たちに盛大に身送られつつ、俺とマリアは、馬車でのんびりとスティヴァレ伯爵の屋敷へと向かった。
「ジブリールに乗っていった方が早くない?」
あまりののろさに俺がそう尋ねると、マリアがぴしゃりと俺を窘める。
「非常識です」
そりゃそうだ。
のんびりのんびり馬車に揺られ、異世界の馬車は尻が痛いというのは迷信だったなと思いながら、電車の中で疲れ果てたサラリーマンの様に、俺は深い眠りの底へと落ちていった。
マリアに揺り起こされると、隣町の目の前だった。馬車から降り、その町で一泊。
次の日も町に泊り、三日目の終わりにして、ようやくイタロスの屋敷に辿り着いた。
出迎えの人々たちの多さに少し圧倒された。その真ん中に立つイタロス家の人々。俺は彼らを見た瞬間、自分の目を疑った。
「よく来たね、ルシウス。私はメディオラヌム・アール・スティヴァレ・イタロス。今日から君の父親になるものだ」
いけしゃあしゃあとその男は言い放った。正直、そんなことはどうでも良かった。
「彼女は妻のシシリア・アーレス・スティヴァレ・イタロス。その隣が、次男のレムス・イタロス。君の兄に当たる。長男のロムルスは今家を空けていてね。今ここにはいないんだ」
いや、そんなことはどうだっていいんだ!
「最後に、長女のエルトリア・イタロス。彼女は君の姉に当たる。家族全員、どうか仲よくしよう」
家族全員? 家族だって!? エルトリア・イタロスだって?
馬鹿な!
俺の目は節穴だっていうのか!? 俺の耳は馬の耳だったっていうのか!? それとも本当に記憶障害なのか俺は!?
君は、君は・・・・・・
─────────シラクサ、じゃないか!
俺は、半ば幻だと思っていた、遠い一年前の記憶の中の、白い花の園で出会った金色の妖精と、思いがけない再会を果たした。




