せっかくなのに
撮影は順調に進んでいた。
サクラはいつも真剣な表情を見せ、少しの休憩時間が出来ても台本を開き、セリフを覚えるのに必死だ。
僕は一度聞いてみた。
『どうした、みんなと一緒に話さないの?』
「話したいけど、NGで皆さんの足を引っ張る事はしたくないの。あ、でも時々沙織さんに声を掛けてもらってるのよ、そしたら、遠慮しないで頑張れって。」
『そっか、じゃあ、僕も頑張るよ。なんかあったら相談してよ。』
「ありがとう、そのうち皆さんの中に入れると思うから。エヘッ!」
サクラが出したNGは、数回。ほとんど覚えてないが、この真剣さが裏でスタッフや出演者の皆さんにすこぶる評判が良く、温かい目で見てくれている事に、僕は嬉しかった。
私は余裕がなかった。
撮影が始まった瞬間に、共演者の方々がたくさんいて、しかも何度もテレビで見ていた有名人ばかりで気後れしそうになったのです。
その人達と、当然の事ながらトモ君は普通に喋って相手しているから、気軽に声を掛け難くなっているの。
「で、今日はどうだったの?」
夜、家に帰って食事をする時のかおりと真由美の決まったセリフ。
「ん?あ、NGは無かったよ。」
「じゃないでしょう、トモ君とはたっぷり話したの?」
「セリフは上手く話せたよ。あ、このお新香、めっちゃ美味しい。」
「コラッ、誤魔化すんじゃないよ。また何も言えなかったっての?どうしたの、結構日にちが経ってるよ。」
「そうよ、いつここに連れて来るのか、私と真由美で毎日待ってるのよ。」
「かおり・・ごめん、もうちょっと待ってて。今回のお仕事が終わったら、と思ってる。」
撮影が3カ月目に入った頃のある日。
撮影現場に到着すると、いつものように待ち受けていたユイさんが言ってきた。
「おはよう、今朝は少し違う風景が見れるわよ。」
『違う風景が?どんな?』
「ま、中に入って。」
僕は楽屋に近い広間を覗いてみた。
すると、そこにサクラと沙織さん、それぞれのマネージャーの4人が笑顔で話し合っていた。
ユイさんが「仲間に入ったら。」と言うので、近づいて行き
『お早うございます。』
と声をかけた。
「おはよう。」すぐに返事をしてくれたのは沙織さん。もちろん、サクラも「おはよう。」と。
『珍しいですね、朝から何やら楽しそうで。』
沙織さんが
「ねえ、優也さんも座って。今ね、サクラさんにお願いしてたの。」
『サクラにお願いって、どういうイタズラですか?』
「プッ!イタズラって、どういうこと?私が絡むと全てイタズラって思ってるの?」
『あ、はい。楽しみにしてるもんで。』
「言ってくれるわね、ま、楽しみにしてくれてるんだったら、見逃そう。実は今日は、ライブに誘ってたの。撮影が終わったら、すぐにお仕事無いでしょう?私、いつものメンバーとアリーナ3ヶ所ツアーがあるのよね、そこに一緒に出て欲しいって、了解してもらったところよ。」
『へぇ〜、サクラ、良かったじゃない。スゲェ、僕も見に行こうかな?』
「・・・」
「・・・」
沙織さんとサクラが、顔を見合わせ何も言わずに二人で笑っている。その様子を見て咄嗟に僕が発したのは
『ゲッ、不気味!』
すると、沙織さんがすかさず
「優也さんも出るのよ。」
『まさか、聞いてませんよ、ねえユイさん?』
「そうね、さっき決まったばかりで、今から言うつもりだったんだけど、もういいわね。」
「ということで、よろしく。あ、そこでサクラと一緒に歌ってね。すごいことになりそうね。」
『なりませんよ、僕なんか。お邪魔虫になりませんか?』
「サクラはね、そのステージから全国にファンを拡大するのよ、優也君も新しいファン層の拡大に繋げなさいね。将来はあなた達二人でライブするんでしょうから、その時の為、全力出してね。」
「ヤダァ、二人でライブなんて、考えて無いですよ。」
『そ、そうすっよ、そんなこと考えられないし、あ、お客さんが入らないですよ。』
「ンフフ、あなた達ならどこでも満員よ。前売りチケットが一枚でも残ってたら、私、友情出演してもいいわよ。まぁ、そんな必要ないし、むしろ、チケットが手に入らないって騒がれるわよ。」
『それは沙織さんのご自身の経験で、僕達に当てはまらないと思います。あ、でも、サクラのソロコンサートなら可能性は、ある。』
「無理だよ、トモ・・あっ、優也さんの方がすごい人気じゃない。私なんかまだまだ・・」
サクラが結構ムキになって言ってきたので、驚いていると、沙織さんの顔が目に入った。
その顔は、何やら意味深ににやけているようで、目と目が合うと口を手で隠し、下を向いてしまった。
サクラはと言うと、何かを想像しているのか、焦点の定まらない目を泳がせている。
そして、沙織さんの口から思わぬ言葉が出てきた。
「あなた達、いつデートしてるの?優也くんのお家?」
『ゲッ!デ、デートっすか?いや、ここんところは全然。と言うか、一度だけです。』
「エッ、たった?で、どこへ行ったの?」
『葛西水族園ってとこです。その後、すぐに撮影が始まったので。』
「ふーん、じゃあ・・・」
と言って、サクラの顔を覗き込むようにして話しを続けた。
「相当、欲求不満?」
「エッ?あ、いえ、そんな・・・」
「隠す事ないじゃん。私なんかね、あの人が料理人になるため、名古屋、大阪、福岡、んーと新宿もかなぁ。いろんな所で修業してたんだよ。でもさぁ、会いたいじゃん、だから、突然訪問ってのやってたのよ。楽しかった〜、ひどい時はロケのクルーを無理矢理連れて行ったりして。思い出してもウキウキワクワクしてくる。」
『ヘェ〜、さすが沙織さんですね。』
「沙織さんなら出来るでしょうけど、私はまだまだ新人です。今は、お仕事の事で他の事まで・・・」
「そっか、サクラさんって見直したわ。道理でNGの少ない新人さんだと思った。」
「エッ、そんな。」
サクラを見ると、さすがに嬉しいのだろう、見る見るうちに耳まで真っ赤になっている。
色白の顔にうっすらピンクがかって、その可愛さから思わず視線を反らせてしまった。
「あ、そうだ、うちのお店にいらっしゃいよ。個室で食事しながらのデートにしなさい。そうね、週一ぐらいならお仕事に影響ないでしょう?」
沙織さんが気を利かせて僕とサクラのデートをお膳立てしてくれる。
まだドラマが始まっていないので、この前行った時、サクラを知っている人達はあまりいなかったことを思い出した。という事は、大騒ぎにならずゆっくりと話しが出来そうだと、真剣に考えていると
「いいんですか?お願いしようかな?ねぇ優也くん。」
予想外にサクラの反応が早かった。
『そ、そうだな、美味しい食事をしながらって、いいよな。』
「ようし決定。早速、いつにする?」
ノリノリな沙織さんが、僕たちのマネージャーにスケジュールを確認するよう指図している。
するとユイさんが二人のスケジュール帳を照らし合わせ、指先で押さえた。
「一番近い日だと、今夜。次に二人とも早上がりの日は、んーと10日後になるわね。」
全部言い終わらないうちに、沙織さんはスマホを操作している。
そして、聞こえるように
「あ、圭太。あのね、今夜個室の広い方って、予約入ってないよね?」
「・・・・」
「そう、開けてよ。ん・・・あ、お料理はもちろん美味しいのでお願い。何人?んーと、ほらいつも話してる妹たちをようやく連れて帰るの、一応座席数にしようか。あ、うん。じゃあよろしく。」
あまりこっちに相談することなく、沙織さんは言うだけ言ってスマホを仕舞った。そして
「はい、押さえたよ。そうね、最初の日だからみんなで行く?」
『ゲッ!少しだけ予想はしましたけど、すごいですね。』
「私の方は大丈夫だよ、優也くんは?」
『うちは・・』
ユイさんに確認しようと見ると、聞くまでもないといった顔で、こっちに指先で丸を作っていた。
あまりにも急展開のことに呆れていると、サクラの様子が少し変化しているように見えたので、聞いてみた。
『どうかした?』
「あ、ん?いえ、何もないよ。」
その様子に、やはり違和感を感じ思い当たることを考えてみた。
そして、一つだけ気になることが頭に浮かんできたので、思い切って口にしてみた。
『なぁ、かおりさん達も呼んだら?』
「エッ、いいの?」
するとユイさんが「真由美もね。」
『そうだよ、この前から少し間が開いたから、なんかイヤ味の一つくらい聞かないと。』
「ウフッ、ありがとう。覚悟してくれる?喜ぶわぁ。」
それを聞いていた沙織さんが
「あら、二人のデートだと思ったのに、あなた達って欲がないのね〜。なんか益々二人とも好きになっちゃったじゃん。ようし、これからの二人、全面的に面倒見ちゃう。」
「ありがとうございます。」
僕とサクラがお礼を言おうとした、よりも早くお礼を言ったのはユイさん達マネージャーの二人だった。
それを聞いた沙織さんも、さすがに驚いたのだろう。
「あら、どういう連携?」
呆気に取られていたが、沙織さんの笑顔に思わずみんなが笑い出した。
撮影初日以来の再会に、かおりさんは結構緊張しているように見えたが、真由美さんはすぐに沙織さんと打ち解けた感じで笑いながら話しが始まっている。
サクラは、その様子をじっと見ながら微笑んでいる。
そこへ、沙織さんのご主人圭太さんが料理の前菜を持って来てくれた。
見るからに美味しそうなサラダ仕立て、中にはエビやホタテなどが盛ってありすぐにでも食べたくなった。
「圭太、あなたも一緒にいたら?」
「ん?そうだな、今夜は金ちゃんに任せてそうしようか。」
「あ、じゃあ金ちゃんに私から命令してくるね。それと、ワインは・・4人はお子ちゃまだから、4人分取ってくるね。」
「俺が行こうか?」
「いいって。私がプレッシャーを与えてくるから、ウフッ!」
そう言って部屋を出て行った。
「優也くん、いつも見てますよ。すごいよね、立派な俳優さんだと沙織といっつも話してるんだよ。」
『そんなぁ、僕なんか全然です。それより、沙織さんです、ご一緒させて頂いて、改めてすごい方だと思いました。今までも、いろんな女優さんが相手して下さいましたが、初対面の時から何の壁もなくすぐに受け入れて頂いて、その上、他の人たちにも分け隔てなく対応されているのを拝見して。』
「おいおい、そんなに褒めない方がいいぞ。あいつ、虎視眈々とイタズラのチャンスを探してるから、あまり下手に出ちゃうと、後々まで祟られるぞ。」
『祟られる?ですか、アハハ、でも、沙織さんなら許します。むしろ、少し似た人を知っていますので、訓練として丁度いいかも?』
すると、その話を聞いていたサクラが
「あら、優也くんにそういうお相手がいらっしゃるの?聞いてないんですけど?」
『ゲッ!』
緊張していたかおりさんが割り込んだ。
「そんなの決まってるよ。サクラしかいない、ねぇ〜三条さん?」
「な、なんで私?私、イタズラなんて。」
「してないって言うの?あんた達、付き合い始めの頃、恩人の私に何をした?まさか、忘れた?」
「アッ!あ、あれは・・・あれとこれと・・・」
サクラがシドロモドロになった時、沙織さんが戻ってきた。
「なぁに、楽しそうね〜。あら、サラダ、気に入らないの?」
「そんなこと誰も言ってないぞ。お前を待ってくれていたんじゃないか?」
「あら、そうなの?ごめん。じゃあいただきま〜す。」
面白いものだと思った、沙織さんが加わった途端に、その場が明るくなってしまう。アイドルの本質をまざまざと見せつけられている。すぐにサクラもこうなるだろうと思うと楽しみだ。
あれほど長く放っておいたのに、サクラと再会した時からブランクを感じさせない。
今のところベタベタとしてこないのは、真面目に仕事に取り組んでいる為、そして、すぐに追いつくだろうと思うから、僕からも強引な誘いは控えている。
それでも以前よりずっと親近感を覚えている。愛する気持ちが増しているのは疑いようがない。
一つ部屋に男性は二人、そして、女性は六人。
一番強いのが沙織さんだと言うのは当然の事、その次はやはりサクラだろう。そして、ドラマの作者阿蘇真由美さんは無視出来る相手ではない、そこへ矢口かおりさんはサクラとのことがあり、どうしても頭が上がらない存在。ユイさんとルミさんにも逆らえないから、どうしても僕は圭太さんとコソコソ話すことになり、意外な沙織さんとの出会いや、交際の経緯を聞いているうちに同じような歴史を感じさせられた。
美味しい料理が引っ切り無しに出てくるので、女性陣の話題に入ることなく箸を進めている。
時々沙織さんが圭太さんのグラスにワインを注ぎに来ているのが、本当に羨ましい。
『いいですね、沙織さんって本当に優しい方。ケンカなんかしないでしょうね?』
「そうだね、ケンカはしたこと無いな。って言うのは簡単だけど、ウチはケンカになんない。」
『え、どういうことですか?』
「ケンカってさぁ、どっちかが言い返すことから始まるんだろう?そもそも言い返すなんて、考えたことも無いよ。」
すると、聞こえたのか、沙織さんが割り込んできた。
「圭太、いいのよ、いつでも言い返してくれても。何、そんな風に思ってたの?意外!」
「ん?だから、言い返すことがないんだよ。」
圭太さんは、顔に笑顔を浮かべながら答えている。
「沙織が僕に言うことって、いつも道理にかなってる。無茶なことも言わないし、何か斬新なことをしようと提案されても、全部面白い。楽しいことしか今まで言ってないじゃん。」
「お、おうっ。そうだね、私、自分が楽しいことしか考えてないよね。ん〜、それが仲良しの秘訣?」
「あ、そういうの教えて下さい。」
サクラが食い付いた。
「いいわよ、今度から伝授してあげる。ねぇ、近いうち、二人でお家の方に来なさいよ。」
「エッ、お宅に伺ってもいいんですか?」
「もちろんよ。」
「わぁ、いいなぁ。」
真由美さんが口を挟んできた。
「ダメよ、他の人はここ。お店止まりにして。サクラさんは私の妹だから、特別なのよ。」
「わぁ、羨まし過ぎる。」
「だったらここのお店の常連になりなさいよ。んーと、忙しい時はボランティアしてもいいわよ。」
「ボ、ボランティア?エッ、まぁいいか!あ、圭太さん、ボランティアにも賄いは出ます?」
「ん?ああ、当然だろうな。」
「やった、じゃあ常連になります。ね、かおり。」
「もちろん。あ、一つ聞いていいですか?あのう、常連割引きってあります?」
「どういうこと?何聞いてるの?」
真由美さんが驚いたようにかおりさんに尋ねる。
「だって、お給料が少ないから、来たいけど・・・」
「あはは〜、そんな心配?圭太、かおりさんには特別料金を適用してあげて。」
「オッケー。かおりさんだけなら。」
「あ、ズルイ、私は?」
「そりゃ真由美は定価に決まってるじゃん、あんた、給料以外に印税も入るんでしょう。裕福じゃん。」
「裕福って、お、思い過ごしですよ。それに、まだ途中ですから全額ではないんですよ。」
「あら、じゃあ全額の契約って、いくら?」
「エッ、そ、それは・・・」
お金の話になってしまったところで、圭太さんが止めに入りようやく収まった。
澱み始めたムードを盛り上げてくれたのは、やはり沙織さんだった。
「ねぇサクラ、もっと殻を破った方がいいんじゃない?」
「殻を?ですか?」
「そうよ、あなたを見ていると、ん〜肩に力が入っているように見える。本来のあなた、そんなんじゃないでしょう?」
「わ、私は・・・」
「そうなんですよ、沙織さんの言う通り、サクラって何かにつけて濃いですよ。ねぇかおり。」
「そう、濃いよね。古い言い方をするとおてんば娘です。」
「お、おてんば娘って、私、おとなしい子だと思うけど。」
「まぁ、こと異性関係については真面目だよ。けど、高校時代の行動からは、今の姿が想像できなかった。」
かおりさんが、いつに無くはっきりと言い切った。どういう展開が待ち受けているのか、僕は楽しみになっていた。
すると、沙織さんが
「高校時代の行動って?」
「サクラって、何かにつけてトモ君一筋。ねぇ真由美?」
「そうよね、まぁ、あの頃の勢いからすると、トモ君と再会したらすぐにやっちゃうと思ってた。」
「私も。」
「ゲッ!ち、ちょっと、あんた達、この場で言う?」
サクラが驚いて叱責し始めた時、ユイさんがこっちを見てニヤついていた。
僕は、その話を聞いてどういう表情をしていればいいのか迷っていると、沙織さんが
「そりゃそうよね。そうでなきゃ今の可愛さは出ないわよ。」
沙織さんの言った意味が、みんな理解出来ないのだろう、全員身を乗り出して沙織さんの方を見る。
サクラが聞いた。
「どういうことですか?」
「ん?ああ、それはね、女性の方が性欲が強いって事、簡単に言うとね。」
「エッ?えーえっ?そ、それって、私、変態ですか?」
「あはは〜、バカね、普通って事よ。私もそうだったもん、それが健全な証拠、それを隠してるから気になったのよ。表現してごらん、ねぇ優也くん。」
『ゲッ!エッ、ボク?』
第26話をお楽しみに




